アンジェリーク
□約束
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「俺はさー、陛下のこと好きだぞ」
何気なく、そう呟いてみた。
言われた張本人である女王アンジェリーク・コレットは、ぱちくりと瞬いていたが、やがてその穏やかな青緑の瞳を細めて笑った。
「本当に?嬉しいわユーイ」
今までせわしなく紙の上を動いていたペンの動きをそっとやめて、女王は窓辺によった。
そこからひょこりと顔を出しているユーイに視線を合わせる。
「でも、ユーイ」
「ん、」
「嬉しいけれど、執務をサボっては駄目よ。つい何時間か前に貴方の部屋には書類がいったはずなのに」
「………ああ…」
何というか…、叱られているのに温かいのは何故だろうか。
この女王は安心するのだ。
初めて女王陛下という言葉を聞いた時にはもっと恐ろしいイメージがあったのに。例えばそう。仕事をサボったりしたものならこんなものでは済まない、大目玉をくらうくらいな。
それを言うと、女王はあらと首を傾げた。
「私って、女王としての威厳が足りないかしら」
「いいや」
――そういう訳でもない、とユーイは思う。
あの女王の翼を広げ現れる彼女には今でも圧倒される。
つまり彼女は仕事と普段できっちり使い分けをしているのだ。
(でも、圧倒される中にもどこか安心できるのは、きっと陛下の人柄だ)
包み込むような慈愛の光。
ユーイは、それに惹かれた。
「……うん。やっぱ俺、陛下のこと好きだ」
「どうしたの、突然?」
「何でもないっ」
ぴょん、と窓辺から近くの木に飛び移る。
きゃ、と女王が小さく悲鳴を上げるがユーイが無事なのを見て息をついた。
「危ないわよ、ユーイ」
「陛下は心配性だなっ。大丈夫だって」
そのままたっとユーイは地上に降りる。そして上の階の窓から顔を覗かせる女王に向かって、にかっと笑ってみせた。
「執務が終わったら、また来ていいか?」
「え?――ええ、じゃあ今度はお茶とお菓子を用意しなくてはね」
その答えにユーイは頷くと、颯爽と走っていった。
それをほほえましく見送っていた女王の背後で、コンコンとノックが二回鳴る。女王が振り返る前に、せっかちなノックの主は声をかけてきた。
「陛下ー?入るよ」
「ええ、どうぞレイチェル」
その答えを聞くなりガチャリとドアを開けて入ってきたのは、女王補佐官レイチェルだった。尤も女王にはそれはもうノックの時点で判っていたことだが。
レイチェルは新たに書類を女王の机の上に置いた。
「はい。ゴメン、今日の分まだあったみたいなんだ」
「まあ」
その書類の山を見て、女王は目を丸くした。
「これは…頑張らなきゃね」
「あ、夕方までに片付けてくれればオーケーだけど」
「ううんレイチェル」
首を振り、女王はちらりと窓の外を見遣った。
さわさわと木が揺れている。
「…私が仕事を残していたら、頑張ってもらった彼に申し訳ないから」
「何?何のハナシ?」
「…ううん何でもない。それよりレイチェル、お茶の用意お願いできる?」
「?…いいけど…休憩?」
「いいえ。…大事な約束、よ」
END