まるマ(novel)

□拍手文再録
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<危険信号>
待ち合わせてた相手がすでに来てたことに驚きはしなかった。彼は今時珍しいくらい、小学校や中学校で習ったことを忘れずに実行する男だ。一つ、5分前行動。それは当たり前ではと思うかもしれないが、友人同士の待ち合わせでそれを行う者は少数だろう。まして彼は男子高校生。少し遅れて「悪かった」くらいがちょうど良い年代だ。
でも僕は嫌いじゃない。自分が来たときに相手がいてくれたら、嬉しいじゃないか。だから次は僕が早めに来て、彼を待っていようと思えるのだ。
今日は彼からの呼び出しだった。特に何もない日なので、軽い足取りで待ち合わせの喫茶店へ入っていった。
コーヒーを二つ頼んで、草野球の話や今度のテストの話をだらだらとした。会話が途切れた途端、彼はこれまでの楽しそうな雰囲気を変え、沈痛な面持ちで口を開いた。
「村田、これから言うことは冗談とかじゃないからな」
「………どうぞ」
そう言って僕は飲んでいたコーヒーを受け皿に戻し、顔を相手に向けて話を聞く体勢を取った。目の前にいた渋谷有利は僕の一連の動作を見届けた後、話し始めた。
「いやそんなマジメな話じゃなくて。何て言えばいいのか……いやいや本当のこと言えば良いんだけど」
「サクッと話せよ、渋谷」
「う………実は、最近…気になることがありましてー」
「ふむふむ」
「学校での話になります。更衣室のロッカーにあったおれの制服が、畳んであったのにぐちゃぐちゃになっててー。しかも頻繁に。周りのヤツに聞いたら、そんなことしてないしやられてもいないって言うんだ。これってまさかイジメ?と思ったんだけど、上靴に画鋲入ってないし教科書無くなってないし」
「……それで?」
「昨日はついにワイシャツが無くなった」
「………………」
「終わり」
彼はそう言って、ため息を吐いた。
「なんつーか、犯人の意図がまったく分からないんだよな。はっきりイジメならイジメで対処の仕方もあるんだろうけど………」
困惑気味の彼に、僕は首を横に振ってその可能性を否定した。
「違うよ、渋谷。これはイジメより厄介かもしれない」
僕の言葉を聞いて、彼は疑いの眼差しでこちらを見た。
「どういうことだよ?」
「それは、いわゆる……ストーカー……じゃないかな」
何となく言うのが戸惑われる単語だ。女の子に対してなら率直に言って、助言なりなんなりするのに。
だが彼は、男だった。
黒目勝ちな大きな瞳がどんなに愛らしくたって、さらさらとした癖のない真っ黒な髪をどんなに撫で回したくたって、薄く開いた桜色の唇がどんなに魅力的だからって……etc...……だからと言って、ストーカー。
今はまだ、ワイシャツを盗むくらいで治まっているようだが……エスカレートしたら…………。
僕に出来ることなんて、精々この膨大な知識を生かして彼を護ることしか出来ない。そう、知識だけなのだ。こんなとき力を持ってない自分を歯痒く思う。
「とりあえず、この件は僕に任せてくれ」
「大袈裟じゃねぇの?ストーカー?男のおれに?」
「良いから良いから。君は普通に過ごしててくれよ」
ヒラヒラと手を振って、この話を終わらせた。彼は納得出来ていないようだったが…。
会計を済ませて二人で外へ出た。夕方の駅前は会社帰りのサラリーマンやOLで溢れかえっていた。
「ああ、渋谷。こっちこっち」
「なんだよ」
素直に家に帰りそうな渋谷を呼び止めて、反対方向の道へ連れていく。
「さぁ渋谷」
そう言って僕は公園の中にある噴水を指さした。
「あー、なるほど」
彼はぽんっと手を打ち、周りに人がいないのを確認すると一気に噴水へ飛込んだ。
そして僕も、彼の後を追った。
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