向こう岸の物語(ツバサシリーズ物)


□わんことにゃんこと秘密の小部屋
3ページ/6ページ

「………思い出した!あのね、しぐれと苺!」
言った瞬間、黒鋼はぎょっとして思わず手を止めた。
「…………ちょっと待て!今明らかに一つ間違った具が入ってたぞ!!」
聞き間違えでなければ、確かにファイは最後に言った。……苺、と。
「あのねー、一つは外れのお握りなんだって〜。そういうのがあったほうが楽しいでしょって」
平然と言ってのけるファイに、軽く眩暈を覚える。
「握り飯に当たり外れがあってたまるかよ!!」
一瞬、投げつけてやろうかとも思ったが、いやいや待て待て、と思いとどまる。
これがもし普通のお握りだったらもったいない。
「え〜、いいじゃない。ちょっとスリルがあって楽しいよぅ」
「だから、何っで昼飯にスリルが必要なんだよ!!」
「最高の料理には最高の隠し味が必要なんだって言うじゃない」
「どこの料理人だよ、てめぇはっ!つか言わねぇだろ、そんなこと!!だいたいこれのどこが隠し味だ!」
「も〜、黒わんたら!せっかく作ってもらったのに文句言っちゃだめだよー」
「言ってもいいだろ、これは!むしろ言わない奴がいたら会ってみたいぞ!!」
「オレ言ってないよ〜」
「――――――…っはあ〜〜………。もういい」
…言っても無駄だ。確率なんざ六分の一だろ。
黒鋼はようやく諦め、手にしていたお握りを口に入れた。
この後、見事に外れお握りを当てた黒鋼が必死にお茶を飲み流し込む姿と、そんな黒鋼を見て笑いを必死に堪えるファイの姿が見られたのだった。


「はあ〜…おいしかったねー」
「………………………………まあな」
「今、物凄く意味ありげな間があったけど」
「気のせいだ」
「……そういうことにしておくよー」
数十分後、昼食を終えた二人は樹にもたれかかり午後の麗らかな一時を過ごしていた。
若干一名、不機嫌そうに眉を顰めているが。
「…………ねえ、黒りん」
「あ?」
ほんの少し、響きの違うファイの声音に黒鋼は別の意味で眉を寄せた。
「明日から、遠出だねー……。予定は、一週間だっけ…?」
「―――――…ああ」
肯定する黒鋼の言葉に、ファイは少しだけ肩を落とした。
明日から黒鋼は、遠征に出ることになっていた。定期的に諏倭の領地を周る。
そうして領地の民の暮らしや様子を視察するのだった。もちろん、その間に魔物が出現すれば討伐にも向かう。
ファイはきゅっと黒鋼の服を握りしめる。
「……寂しいのか?」
「…………そんなことないよー…」
「嘘つけ。顔に書いてあるぞ」
黒鋼は俯きかげんだったファイの顔に手を添え、そっと上を向かせる。
その表情は、先ほどまでの楽しげなものとは違い、ほんの少しの憂いを帯びていた。
「大丈夫だよ。…オレだってこの諏倭を守る者なんだから。そんなこと言ってられないものー」
にこりと微笑むその顔は、それでもどこか無理をしているように感じられた。
「終わったらすぐ帰ってくる」
ぎゅっと黒鋼はファイを抱きしめる。
「…うん。……けが、しないでね?」
応えるように、ファイも腕を黒鋼の背中に回した。
「ああ」
黒鋼は少しだけファイの体を自分から離すと、前髪をかきあげ額にそっとキスを落とした。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ