向こう岸の物語(ツバサシリーズ物)


□わんことにゃんこと秘密の小部屋
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翌日―――。
「黒様、気をつけてね」
「ああ」
視察のため早朝に出発する黒鋼を見送りに、ファイは屋敷の前に立っていた。
必要最低限の荷物だけを馬に括り、もう出発するのみとなっている。
後はこの二人のやり取りを終えるだけ。
「あ、そうだ。あのね、黒たん。ちょっとお願いがあるんだ」
「あ?何だよ」
「うん、あのね。これなんだけどー」
ファイはそう言いながら、持っていた紙の束を差し出した。
「…………何だ、これ」
黒鋼はそれを受け取りつつ、首を傾げる。
「それに載ってる薬草を取ってきてほしいのー。あ、ちゃんと根っこからね。摘んじゃったらだめだよ?」
「はあ?何でそんなこと…」
「だって、オレは一緒に行くことできないし。あんまり屋敷から離れられないし。だから、黒たんにお願いしなきゃと思ってー。…ね?」
お願い、と上目づかいで言われてしまえば。
「――――――…しゃあねぇな」
どこまでもファイに甘い黒鋼は承諾せざるを得なかった。
「!ありがとー、黒様!!」
満面の笑みを花のように咲かせて喜ぶファイ。
そんなファイを見られるならば、薬草の一つや二つどうということもない。などと思ってしまう自分は相当末期だ、と黒鋼は心中ぼやいた。
薬草の種類は一つや二つどころではないのだが、その事実に黒鋼が気づくのは実際に薬草探しを始める頃なのであった。
かくして。
ほんの少し寂しさを残して微笑むファイに見送られ、黒鋼は諏倭の視察へと向かった。
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