向こう岸の物語(ツバサシリーズ物)


□出立前の一騒動
1ページ/6ページ

ファイが日本国で暮らすようになって三年が経った。黒鋼と同じく白鷺城を護る役職に就き、戦いは常に身を取り巻いていながらも、穏やかで暖かな日々を送っている。
そんなある日。


「お話とは何ですか?」
ファイは知世に呼ばれ謁見の間を訪れた。
「あなたに、お願いがあるのです」
柔らかな口調の中に含まれたいつもとは違う何かを感じ取り、ファイはわずかに眉をひそめた。
「あなたは、この国のものと源は違えどとても強い力をお持ちです」
静かな声が響く。ファイは黙って次の言葉を待った。
「その力で、諏倭を護っては下さいませんか?」
知世の言葉にファイは目を見開いた。
諏倭。その名には聞き覚えがあった。
「・・・それは、諏倭で暮らすということですか?」
「そうなります」
「少し・・・考えさせていただいてよろしいですか?」
ファイは知世から視線を外しそう告げた。
「ええ。すぐに決められることではありませんから」
ゆっくりお考えください。知世の言葉に礼を言い、謁見の間を後にした。


ファイは長い回廊を重い足取りで歩いていた。
「諏倭・・・」
そこは、黒鋼の故郷だ。
黒鋼が幼い時を過ごし、彼の父と母がその命をかけ護ろうとした地。
父と母の温もりを受けた地。
愛するものを護れという、父との約束を交わした地。そこはきっと、黒鋼にとってかけがえのない地だ。
たとえ悲しみが癒えぬ地でもあろうとも。
そんな大切な地を、自分が護れるというのなら、そんな嬉しい事はない。
けれど。
「行くのは・・・オレ一人だよねー」
きっと黒鋼はこの城から離れない。知世姫の傍から。彼が生涯仕えると誓った主がいるのだ。離れることなどあろうはずがない。
・・・黒たんと、離れたくないなー。
同じ世界とはいえ、諏倭はここから遠い。
「オレ・・・どうしたらいいのかなー」
ぽつりと呟いた。
「何がだ」
「!?」
突然返ってきた言葉に、ファイは驚いて立ち止まった。視線を上げれば、そこには腕組みをして壁にもたれかかっている黒鋼の姿があった。
「黒りん・・・。びっくりするじゃないー」
いきなり声かけないでー、とファイはいつものようにふにゃりと笑った。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ