向こう岸の物語(ツバサシリーズ物)


□流行り病にご用心?
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「ぶえっくしょん!!!」
麗らかな午後。諏倭の領主の屋敷で盛大なくしゃみが響いた。
「黒みん、親父だー」
傍らで座っていたファイは黒鋼のくしゃみを聞いて苦笑いを浮かべた。
「うるせぇ・・・」
ぶすっと不機嫌を顔中で表している黒鋼。
赤く火照った頬に、いつもより数段熱い手。くわえて額には冷やした手拭い。
「これぞまさに鬼のカクラン、だねー」
「ほっとけ」
ファイの揶揄を含んだ言葉に言い返すも、いつもの覇気が見られない。
そんな黒鋼に、ファイは少しだけ心配そうに眉をひそめた。
「忍軍の人にもお手伝いさんにも寝込んでる人結構いるみたいだよー」
そう言いながら、ファイは黒鋼の額に乗せた手拭いを取り、脇にあった冷水の入った桶に浸した。
そして黒鋼の額に自分の手を当てる。伝わる体温はまだ高い。
「まだ、下がらないねー」
へにゃりと眉を下げて言うファイのその声音からもどれほど黒鋼を心配しているかが伺えた。
「そのうち下がる」
そう答えながら黒鋼はふとファイを見上げた。
不安げに自分を見下ろすファイは何とも言えない可愛さがある。黒鋼は良からぬ事が頭を過り、それを振り払おうと半ば無理矢理話題を投げた。自分を心配しているファイに欲情するなどとは。後が恐い。
「そういや医者が言ってたな。領地でも流行ってるとか」
先日魔物を討伐に行った際、そこの医師が忙しそうに駆け回っていたのを思い出す。
「そうなのー?じゃあお医者様も大変だろうね」
きゅっと手拭いを絞り、もう一度黒鋼の額に乗せる。
「早く良くなってね、黒様」
ファイはにこりと笑むと、黒鋼の頬にそっとキスを落とす。
「ーーーーーーーーー・・・」
その瞬間、黒鋼の頭の隅のほうでぷつりと何かが切れる音がした。
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