向こう岸の物語(ツバサシリーズ物)


□追いかけっこの事情
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穏やかな時間の流れていた諏倭の領主の屋敷。
しかし、それは嵐の前の静けさだった。

「待ちやがれぇ――――!!!」
屋敷が揺れるのではないかという程の怒鳴り声が響く。
その怒鳴り声のおかげで。
バサバサバサ―――。
驚き一斉に木々に停まっていた鳥達が逃げ出した。
ヂョキンッ―――。
「ぎゃあっ!だ、大事な枝がぁぁぁ!!!」
弾みで枝を切り落とした庭師が大声で叫んだ。
「いやぁ―――!!」
怒声に続いてあがったのは、悲鳴にも近い叫び声だった。
そして、ドカドカドカ、バタバタバタと慌ただしい足音が二つ。
「逃げるな、てめぇっ!!」
「君が追いかけてくるからでしょ――!!」
「お前が逃げるからだろうがっ!いいから止まれ!!」
「やだぁ!!絶対嫌っ!」
「このヤロウっ!ぜってぇとっ捕まえてやる!!」
「やだって言ってるでしょっ!」
盛大な追いかけっこを披露しているのは言わずもがな黒鋼とファイだ。
二人の追いかけっこはたまに見られる光景ではあるが、今回は少し雰囲気が違っていた。
いつもなら逃げながらもどこか楽しげにしているファイが、今は真剣な顔をして瞳に涙まで浮かべて必死になっている。
対する黒鋼も、いつも以上に険しい顔つきでこれまた真剣そのものでファイを追いかけている。
庭に面した通路を、全速力で駆け抜けるファイの前に一人の忍者が立っていた。
「わわっ!ど、どいて―――!!!」
「うわわっ!!?」
寸でのところでファイは素早く身を翻して衝突は避けられた。
バサバサ――。
「ああっ!ほ、報告書がっ」
しかし被害は出ていたようだ。忍者の持っていた書類の束がひらひらと通路に舞う。
「ごっ、ごめんなさい――!!」
ファイは申し訳ないと思いながらもそのまま走りぬけた。本来なら自分も拾うのを手伝うべきではあるが、今はそんなことをやっている余裕はなかった。
ファイが走って行った後、忍者は必死に書類を搔き集めつつファイの去った方を見やった。
「あのファイ様があんなに慌てていらっしゃるなんて…」
何かあったのだろうか、と思いながら最後の一枚を拾い上げた。
途端に。
「そこの奴!邪魔だっ!!」
そんな言葉と同時に体に衝撃が奔った。
「うわあ――!!」
ドカッ、と跳ね飛ばされた忍者はゴロゴロゴロと盛大に庭を転がった。
ヒラヒラリ。
見事に舞うは集めたばかりの報告書。悲しいかな、その下には立派な池が鎮座する。
「あ―――!!!!てっ、ててっ、徹夜で完成させた報告書がぁぁぁ!!」
哀れ叫びは遥か空へと吸い込まれていった。
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