向こう岸の物語(ツバサシリーズ物)


□唯
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それは、秋の日差しに少しずつ冬の気配が混ざり始めたある日の事。

「んん〜!洗濯物終わりっと」
中庭でファイが満足げにそう呟いた。
日差しが弱くなったとはいえ、晴れ渡った空の下は絶好の洗濯日和だ。
干し終わった洗濯物を見つめてにこりと笑うと、足元にあった籠を手に取る。
さあ、次は何をしようか。
そんな事を考えながら屋敷に入ろうとしたその時。
「ファイ様、黒鋼様がお帰りになりましたよ」
屋敷の通路の所から、世話役の女性がファイにそう声をかけた。
「え!ほんとですか!?」
ぱあっとファイは顔を輝かせた。
そして、つい先ほど手に持ったばかりの籠を地面に置くと、たたっと走り出した。
五日ほど前から、黒鋼は魔物の討伐に向かっていた。
こればかりは仕方のない事だとファイも分ってはいたが、だからと言って不安や寂しさを感じないかと言ったらそうはいかない。
「あっ!黒り〜ん!!」
走る先に黒鋼の姿を見つけ、ファイは満面の笑みを浮かべた。
「おかえりなさいっ!」
「おう」
にっこり笑って自分を出迎えたファイに、黒鋼も小さな笑みで応える。
久し振り(といっても五日しか経っていないが)に黒鋼の姿を見て、ファイは嬉しくなりきゅっと腕に抱きついた。
「っ!」
ぴくり、と黒鋼がほんの一瞬だけ腕を僅かに強張らせた。
それは本当に小さなものだったが、触れていたファイには伝わり、ファイは訝しげな瞳で黒鋼を見上げた。
「………黒たん…」
…もしかして……。
ファイは黒鋼のまとっていた黒いマントをバサリと捲った。
「!?黒様っ!」
黒鋼の腕を見た途端、悲痛な声音で自身の名を叫んだファイに、黒鋼はちっと小さく舌打ちをした。
黒鋼の腕には、肘から肩にかけて包帯が巻かれていた。
それも、薄らと血が滲んでいる。
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