中
□さむい朝のできごと
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ぞくり、
嫌な寒さが体を走る。
ちょうど今は、その季節。水仕事をしたあとに、指に赤切れができやすくなる。嫌な季節。
日ごとに増えていく自分の指の傷を見て、四月一日は思っていた。
すでに、治りかけている傷や、絆創膏の下からまだ、赤いものが滲む傷。
その数は、一つ、二つでは片づけられない数で。
現在も、食器洗いをしている指に、洗剤混じりの冷たい水道水が、まるで 形を持たない無数の針のようにそこらじゅうにある小さな傷をえぐる。
ズキ、とゆっくり染みてくる連続的で貧弱な痛みが、眠気と寒さに呆けているくしゃくしゃな頭を少しずつ覚醒させていく。
まだ、土曜日の早朝。
いつものクセで、早く起きてしまった。目覚まし時計なんてもう、最後に使ったのはいつだろう。
『早起きは三文の得』
そんなの、嘘だ。
彼はそう信じている。
相変わらず、冷たい水道水をばしゃばしゃと飛ばし、少しスポンジを強く握り、思っていた。
早く目覚めていいことなんか、ない。
一枚、貼っていた絆創膏が情けなく、名残惜しく、カルキと洗剤の混じる匂いの水に流れて落ちた。
一気に傷口が叫んだ。
ようやく洗い物を終えた彼は、その手を洗い、別の絆創膏を張り付けた。
次は何をしようかと、淡く弱々しい太陽光を遮断している、やや日に焼けたカーテンと、ひやりとした硝子の窓を少し開けた。
じくり、
目に染みる。
思わず、眼鏡越しに涙が浮かぶ。
そのついでに、欠伸をひとつしてみてから、また、涙が湧き出てくる。
滲む視界の中で、欠伸が白く空に消えた。
四月一日が目覚めてから、この部屋には明るさがほとんどなく、薄っぺらなカーテン越しに透けてくるわずかな光のみ。その部屋はとても寒く、薄暗かった。
四月一日は、このところ眩しい朝日とかを苦手とするようになった。
特に、何もかもが清浄で、突き刺さるように真っ直ぐな光が一番嫌だった。
自分の中が暴かれる様で、すごくつらいから。
そう、今だってカーテンの向こうを覗いたことを後悔している。
見るんじゃなかった、と。四月一日は再び開けかけの窓を、静かにきちんと閉じた。
そして、元のように部屋から光がなくなった。
相変わらず、寒い。
小刻に震える体を、ほんの数十分前までくるまっていた彼自信の布団に丁寧に納めた。
先刻までの温もりは残っていない。