毒
□恋人≧飯係
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「前から言おうと思ってたんだけどさ、」
申し訳程度辺りに蝉が響く。少し物淋しく感じる、そんな湿度と気温。
鳴き声を流していく風がさらさらと長さの違う互いの髪の毛を擽っていく。
「おれってお前専属の飯係なの?」
特に感情を含まない声にどこまで本気なのかということを読み取る術はなく、百目鬼は無言で隣を見つめるだけだった。
「……」
「あは、…やっぱり否定しないんだな」
黙ってしばらくいると、四月一日の嘘くさい笑いと、冷ややかな声がした。
確かに否定はしていない。だが、肯定もしていない。百目鬼はますますわからなくなり、遠くの蝉が、より遠くなった気がした。
「…それでもいいさ」
「……」
ぽい、と四月一日に捨てられた言葉が、妙に百目鬼の胸を斬りつけた。
少し痛んだ。
また、言葉が出なかった。
翳りゆく夕陽が、隣り合わせた影を薄く伸ばして、二人の顔を紅く染めるが、その間を流れる空気は透き通って、冷たかった。
「明日は何に致しましょうかねぇ」
普段使いもしない言葉を投げ捨て、薄っぺらな笑顔を空へ向けた。
そのまま飛び立ってしまいそうで、こわかった。
けれど、百目鬼は最善なんてものは知らないし、千切れそうに細い四月一日とを繋ぐ糸を掴もうと必死で、上手く考えられなかった。
「お前は、」
「今時期なら──、」
「お前は、俺の、」
「でも、胡瓜は漬け物とか───、」
「俺の飯係じゃ、ない」
きょとんとした、男にしては大きな目が、眼鏡越しに振り向いた。
まるで信じられないとでも言いたげな。
全てが薄紅く染まっていくのに、どうしても黒が消えない。
「は?」
「飯係なんかじゃない」
「じゃあなんだよ」
冗談を言われたかのようにけらけらと笑う四月一日の反応に幾分か百目鬼は安堵し、少しだけ緩んだ。
寧ろ真面目に捉えてしまったことが今更ながら照れ臭くなった。
いつものふざけた冗談と思えた。
「俺は、恋人だと思ってるが、違うのか」
「ふーん…」
つい今さっきとはまるで真逆。
目を逸らしてつまらなそうに足元を向く。
緩んだ百目鬼の心がまた四月一日の気配に強張った。まったく読み取れない四月一日の言動にどうしたら良いか未だに不透明。
「それってさ、お前どこまで本気なの?」
「どこまで…?」
「本当の本気なの」
「そのつもりだ」
「へぇー、」
四月一日はたた、と小走りで百目鬼より前へ出て、それきりなにも言葉を発さなくなった。
けれど二人にはもう、十分だった。
沈みかけの夕陽を弾く四月一日の頬が、それ以外の朱色にうっすら染まっているのを追い越し際に百目鬼はちゃんと見えたから。
四月一日の悪戯で先程擦りむいた胸の辺りがたったそれだけで、満たされるのを感じた。
二人の間がちょっと前まで涼しかったはずが、恥ずかしさに火照る頬と、満足感に温まる胸で、僅かに緩い熱を持っている。
アトガキ