短編1

□Memory of the moon.
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誰かを思い出すような
青白く遠い月。
それは、濁った夜空に
今日も静かに浮かぶ。






「いやだな…」


彼女の呟きが聞こえたのは、午前2時。
動物も、木々さえも寝静まる真夜中に1人窓辺に佇む彼女は、何故かとても儚げだった。

俺は絡みつくシーツを払いのけ、身体を起こす。


「何がだ?」


そう問いかけてみると、彼女は苦しそうに口許を歪めて目を細めた。
青白く浮かんだ今日の月を、まるで睨みつけるかのように。
彼女の瞳から涙が出ているわけではないのに、俺には一瞬彼女が泣いているように思えた。


「うん、ちょっとね…」


答える口調も些か哀愁が含まれており、俺は心配になる。


「言ってみろ」


こんな時にも優しく問いかけられない自分を、初めて疎ましく思った。

彼女はそんな俺を一瞥し、ふっとその長い睫毛を伏せる。
暫くの、沈黙。
夜風が吹き抜け窓を小さく揺らす音しか俺には聴こえなかった。


「いつか、さ……」








【私は死んじゃうんだよね】


彼女は言った。酷く、弱々しい声音で。


「死ぬことが怖いか?」


「そうじゃないの。ただ――…
 貴方を置いて死ぬことが、少し心残りだなって」


俺は聞いて驚き、そして見てしまった。
彼女が右手で髪をかきあげたのを。
それは、嘘をついた後必ず現れる彼女の癖。



「本当は、心残り程度では済まないじゃないのか」


「ふふっ…飛影にはお見通し、だね」


俺だって判っている。
俺は妖怪で、お前は人間だ。
いつか死が訪れ、例えどんなに愛し合っていようとも離れ離れになる時は、必ず来る。


「そんな悲しい顔をしないで…飛影……
 もし私が死んでも、貴方にはまだ永い時間があるの。だから新しい人、見つけてね」


「お前、…っ何を言って!」


俺の言葉を遮るように、彼女は人差し指を唇に当てた。



「ただ少し――
 心の片隅で私を想っていてくれれば、それで良いの。
 私は飛影を愛したことを忘れない…
 これから先貴方が死んで、もし再び私に会えたら
 その時はまた愛して…?」



(ずっと待ってるから)



そう言って哀しそうに笑ったお前が、
この月明かりに消えてしまいそうで。
俺はただ抱き締めてやることしか出来なかった



「忘れない…お前が死んでも、絶対に」













(彼女を救えなかった俺の唯一の)

腕に確かに在った温もりは、もう既に無く。
抱き締めたはずの彼女は、本当に月明かりに消えてしまった。






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