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□白百合の君は我が儘帝王
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「学校へ行きたい」



(またか……)

目の前に鎮座する王の言葉に、王族特務――通称“零番隊”――の隊長、黒崎一心は独り溜め息を吐いた。

(いや、独りではないな……)

一心は隣に居る糞爺、否、護廷十三隊一番隊隊長にして護廷隊の総隊長の山本元柳斎重國の表情を盗み見た。彼もまた此方を見ていたらしく視線が合う。
其処に浮かび上がっている表情は驚きと諦めとが綯い交ぜされたもの。
一心は自分もまた同じ表情をしているのであろうな、と苦笑し溜息を零す、と。同じタイミングで山本も溜息を零した。

二人の溜息が重なる。


「――主上」


先に声を発したのは山本であった。


「何だ?」

「発言をお赦し願えますかな?」

「良い。赦す」

「では、主上」


王の赦しを得た山本はコホン、と軽く咳払いをした。


「学校、と仰いますと――?」

「お前の設立した何と言ったか――そう、死神統学院だ」


(死神統学院じゃ無くて、真央霊術院なんだがな……)

内心で、一心は王に突っ込む。
死神統学院は真央霊術院と名を変えたのだ。王が生まれるよりも遥か昔に。 だのに何故、彼の御方は昔の呼び名を知っているのか――
訊いてみたいと思わないでもなかったが、一心は尋ねることも况して間違いを正すこともしなかった。
何故なら、未だ彼は王に発言を赦されていないからだ。勿論、赦しを得ず発言したところで咎められることなど無いのだが。
ぶっちゃけた話が態々尋ねる気にはならなかった、それだけの話なのである。


「“真央霊術院”は只勉強する場所ではなく、死神の育成を目指し設立した機関に御座います。危険にも多々見舞われます由。主上の御身に何か御座いますれ、」

「もういい」


静かな部屋に玲瓏と響き渡る声。
山本の長くなりそうな話を遮った声は幼い少年の其れであった。
主上、と呼ばれたこの世界で唯一にして無二である存在のその少年はその白魚の様な小さな掌を翳し山本の話を止めると、面倒臭そうに言い放った。

((諦めたか?))

二人はほ、と安堵の息を吐いた――のも束の間。


「別に怪我くらい如何ということも無かろう?」


矢張り、と言うべきか。王は諦めていなかった。


「主上」


此処で一心は初めて声を発した。
一心の声に今まで山本と話す為に、向けていた視線を彼へと動かしコクリ、と細く白い首を縦に動かす。


「軽い怪我程度であれば我等も何も申しません。しかしながら霊術院では虚とも闘います。重傷或いは死に至る可能性も高いのです。総隊長殿はその事を申し上げているのです」

「……朕は強いぞ?」

「存知上げて居ります。ですが万が一の場合、場所が場所で在りますし、我等が簡単に助けに参ることが叶いません」


軽く乱れた呼吸を整えると、一心は冷たい床に額を擦り付けた。


「如何か、主上。お考えを改めて下さい!」

「黒崎」


軽く息を吐き、王は一心の名前を呼ぶ。


「お前も反対か?」

「主上の御身を案じてのことです。ご容赦下さい」

「儂からもお願いします」


一心の言葉に山本も重ねて王に願い出、彼も一心と同様頭を下げた。

王は再び深い息を吐くと、


「いやだ」


きっぱりと一層気持ち良い程に言い捨てた。


「「主上!」」

「嫌だ嫌だ嫌だ!いやだ!学校へ行くと言ったら行く!」


ぶんぶんと首を横に振り、王は喚き散らし始めた。先程までは歳不相応に尊大な『王』で在ったのに、いつの間にか歳相応の駄々を捏ねる『子供』になっていた。否、彼は流石に其処まで幼くはない――筈なのだが。

(始まった……)

駄々を捏ねる王の姿は此処では最早見慣れた光景だった。そしてこの後も大体パターンが決まっているのだ。


「だって……」


王の零れ落ちそうに大きい、美しい翡翠を嵌め込んだかの様な瞳が少し潤んでいるように、二人には見えた。途端に、二人は揃ってビクッと身体を動かしあからさまな狼狽えを見せる。王族特務隊隊長、護廷十三隊総隊長と――戦場ではその名を轟かせた二人もこの王の前ではまるで形無しなのだ。


「だって、おれはいちごのそばにいたいんだ!」


王は叫んだ――と同時に、二人は本日何度目か分からない溜息を吐く。それから顔を見合わせ頷きを交わした。
そして――


「「主上の仰せのままに」」


頭を垂れ二人は王の命令を受けた。
王に激甘の二人は、どんな我が儘も最終的には折れて聞いてしまう――これが此処での何時ものパターンなのであった。

その王は心の中で舌を出しているとも知らずに。


こうして、王――冬獅郎は真央霊術院への入学が決まったのである。


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