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□白百合の君は可愛い恋人
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ちりー…ん





王族特務隊――通称“零番隊”

その隊舎に涼やかな鈴の音が響く。





ちりー…ん





「ほら一護。御指名だぞ!」


隊員の一人が隊舎の中を山の様な書類を抱え忙しそうに右往左往している橙――色の髪の青年に呼び掛けた。一護、と呼ばれた青年は齷齪動き回っていた足を止め、息を一つ吐いた。


「オレ今ちょっと手、離せねーっすから、代わりに行って貰えないっすか?」


六席、と一護はその男に向かって頼んだ。すると一護に彼はにっこり微笑んで首を横に振る。


「ダメダメ。俺が行っても相手にしてくんねーもん」

「そうそう!一護くん来てからあの鈴は『一護くん専用』だもんねー?」

「うんうん」


一護と六席との会話に六席の隣に座っていた五席が加わってきた。二人揃って一護を揶揄っている――ように一護には思える。


「そんなことは……」


慌てて一護は訂正する。自分の為にではなく『彼』の為に。


「「あるって!」」


だが、二人によって敢え無く却下されてしまった。


「はぁー……」

「別に一護くんが気に病むことじゃないって!」


五席が言う。


「そーそー、それよか俺等が行って機嫌損なわれる方が怖いし」


六席が言った言葉に、アレ怖いよねーと返したのは三席であった。どんどん話が膨らむ程に一護は居た堪れない気持ちになる。
――と。


ちりーんちりーん


また鈴が鳴った。
しかも今度は続けざまに二回。


「一護、行きなさい」


言ったのは、零番隊副隊長である黒崎真咲。
つまり一護の母親であった。


「でも、おふくろ……」


と、一護は腕に抱えている書類の山へ視線を遣る。
零番隊、否、死神としても駆け出しの新米である一護は仕事と言っても雑用ばかりなのだが、それ故に誰よりも仕事量が多かった。また熟せる量も未だ未だ遅い為、二重三重に時間も手間も掛かる。
しかし一護が仕事をしないと他の隊員等が仕事が出来ない訳で、なのに自分の仕事を放り出すのはと人一倍責任感のある一護は逡巡する。
だが、主が呼んでいるのもまた事実。

二つの間で一護が惑っていると――


ちりーーん


とまた鈴が鳴った。


「其れは私がやっておくから。あなたは早く行って差し上げなさい」


真咲が重ねて言うと、


「副隊長の手を煩わせるまでもありません」

「そうです!これは私達でやりますよ」


五席と六席が口々に言いつつ、一護が腕に抱えている書類の山から其々半分ずつ攫っていく。


「五席、六席……」

「気にしなくていいから、早く行ってあげなよ!」


手をひらひらと振って言う五席に、でも一護は如何したものか惑い真咲を見遣った。
視線が合った真咲は軽く頷く――にっこりと微笑って。


「……………分かりました。行って来ます。先輩方、この埋め合わせは必ずしますから!」


頭を下げ礼をすると、一護は踵を返し出口へと足を向け――かけた。


「一護」


真咲が止めた。


「何?おふくろ」


一旦は踏み出しかけた足を止め、振り返って真咲を見る。
すると、真咲は息軽く吐いた。


「其れ、よ。此処では『副隊長』と呼びなさいと言っているでしょう?」

「あ」


彼女の指摘により漸く一護は今までの自分の失言に気付く。しかしそう注意する真咲も何方かと言えば「副隊長」としてよりも「母」としての其れで、周りの隊員達は密かに口許を綻ばせた。


「……すみませんでした」


副隊長、と頭を下げる一護に、真咲は矢張り優しく微笑って、


「分かったなら、行きなさい」


と言った。一護は頷くと五席と六席に視線を動かして、


「済みません、この借りは何時か必ず埋め合わせしますから」


と、ぺこりと御辞儀して零番隊隊舎を後にした。


「良い息子さんですね」


一護が出て行った後、五席が真咲に向かって言う。


「当たり前よ。私とあの人の子供なのだから」


真咲はフフフ、と笑む。彼女の返事に五席は「ご馳走様です」と苦笑すると、仕事に執り掛かり始めた。





◇ ◇ ◇



一護が冬獅郎の私室へやって来ると、入口に人影が見えた。冬獅郎付の従者である。一応の、という肩書きが前に付くのだが。


「ご苦労様です」


彼は―護の姿を認めると軽く頭を下げ、挨拶した。一護も同じように頭を下げ挨拶を返すと、


「主上は?」


と尋ねた。すると彼は肩を竦め軽く苦笑を洩らしながら、一護の問いに間接的な形で答えた。曰く――


「覚悟して下さい」


と。
彼の返事に一護もまた苦笑と溜息を洩らすと、扉をノックし中へと入る。


「主上、黒崎で…」



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