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□白百合の君は可愛い恋人
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――バフッ
一護が言い終わらぬうちに、何かが顔面にクリーンヒットした。
「痛ぃ……」
ヒットしたのはクッションなので、本当はそんなに痛くはなかったのだが、一護は衝撃に驚いて思わず口を突いて出てしまった。
「遅い!」
最初に鈴を鳴らしてから未だ十分も経っていないにも係わらず、既に冬獅郎はおかんむりらしい。ぷん、と顔を一護から逸らしむくれている。
「申し訳御座いませ…」
――パフッ
二個目のクッションが顔面に当たった。
「………主上」
――パフッ
三個目も一護の顔面へ。なかなかのコントロールである。それもその筈、このようなやり取りなど二人の間では『日常茶飯事』なのだから。
そんな訳で、冬獅郎の機嫌が斜めな理由も勿論、一護の到着が遅かったとのも理由なのだが、其れだけではないという事を、一護は識っていた――ので。
一護はハァ、と溜息を吐くと、
「冬獅郎」
と、主の本名を呼んだ。
「…………………」
(あれ……?)
冬獅郎の反応、というより無反応に一護は首を捻る。いつもなら此れで彼の人は機嫌を直してくれるのだが、今日は駄目らしい。
(う〜ん…何がいけないんだろう?)
と、一護が更に首を傾げた。何しろ目の前の一護が唯一傅く『主』はとても難解な人物で、いつも一護は理解しようと努力をするのだが、矢張りいつも彼の機嫌を損ねる結果になってしまう。
一護としては、彼にはいつも笑顔でいて欲しいと思っているのだが。
すると――
「………足りない」
沈黙に耐え切れなくなったのか、焦れただけなのか。ぽつり、と蚊の鳴く様な小さな声で冬獅郎が呟く。
しかし、言われた一護は何が「足りない」のか矢張り理解出来ず。
すると、
「……………もっと呼べ」
冬獅郎は一護に命じた。
(ああ!)
流石にそこまで言われれば、いくら鈍い一護でも冬獅郎の言いたい事が理解出来る。冬獅郎を見遣れば、白い肌理の細やかな肌が熟れた林檎の様に紅く染まっている。
(クるなぁ…)
途端に一護の裡に湧き上がる衝動を必死にやり過ごすと、一護は冬獅郎に近付きその細くしなやかな身体を腕の中に掻き抱く。
「とうしろう」
そして、再び愛しい名を呼んだ。今度は先程よりも愛しさを込めて。
一護の声が冬獅郎の裡で甘く沁み入る様に響く。
「……………もっと」
「とうしろう」
「もっと、だ」
「愛してる、冬獅郎」
「………そんな事まで言え、なんて言ってない」
「うん、冬獅郎」
一護は冬獅郎の名前を呼ぶと、冬獅郎の顔の両端に手をあて、自分の方へ向けさせた。そして――
――ちゅ
と、冬獅郎の柔らかい唇に自分の其れを優しく重ねた。そのまま顔中至る所に啄むようなキスを落としていく。
キスとキスの合間に一護は「冬獅郎」と「好きだ」とを告げる。
何度も何度も……
最後にもう一度冬獅郎の唇にちゅ、と音を立ててキスを落として漸く一護は冬獅郎を離した。
「機嫌直してくれないか?」
改めて一護がそう冬獅郎に伺いを立てると、冬獅郎は真っ赤な顔をそのままに、
「………今度、遅れたら赦さないからな!」
と綺麗に微笑むともう一度、一護に抱き付く。
「畏まりました、主上」
抱き付いて来た冬獅郎の背中に腕を廻し、一護がそう応えると、
――ガツッ!
「痛って!」
突然、冬獅郎に向脛を蹴り上げられた一護は蹲り悶える。
「何為さるんですか?!」
一護の抗議に冬獅郎はフン、とそっぽを向いて、そしてこう言った。
「二人きりの時は敬語は遣うな、と言っただろう?」
「あ……………」
そう、それが冬獅郎が不機嫌なもう一つの理由。何も一護の到着が遅かったばかりでは無くて。
(ああもう!どうしてくれようか!)
一護の敬愛する御主人様にして愛しい恋人は今日も可愛くて、一護は毎日毎日骨抜きにされてしまう。
「悪かったよ、冬獅郎」
そう言って、一護はもう一度冬獅郎を腕の中へ掻き抱く。腕の中にすっぽりと納まる小さな冬獅郎の身体。その冬獅郎の抱き心地が一護は密かに好きだった。本人に言うと確実に殺されるので、言わないが。
「…………仕方ない。赦してやる」
くぐもった声で冬獅郎がそう言ったのが聴こえた。
(ああ、ヤバい……)
可愛過ぎる冬獅郎の応答に、一護は冬獅郎の背中に回した腕を解くことが出来ない。
こんな事をしている場合じゃないのに。早く冬獅郎に着替えさせて、出て行かないと部屋の外で待っている従者が流石に怪しんで中へ入って来るかもしれない。二人の関係はごく一部の人達しか知らない。周りに知られることは一護も冬獅郎も困る。
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