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□まるで、透明
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「何時になったら着くんだよ、ったく…」
まるで、透明
先日、対藍染戦で負った怪我が完治した黒崎は総隊長に言われ、各隊の隊長に挨拶をして回るために尸魂界を歩き回っていた。
殆どの隊長には隊首会の際に挨拶を済ませたのだが、怪我で入院していた隊長には今日挨拶をして回っている。
そして最後が此処、十番隊だ。
隊長の代わりに隊首会に出席していた松本とは直ぐに打ち解けたが、やはり隊長相手だと柄にもなく緊張してしまう。
「大丈夫だ、白哉の時のノリで行けばいいし…」
独り言で自分を奮い起たせていると、執務室らしき部屋の戸が見えてきた。
「ここ…だよな?」
六番隊の隊舎の様な、厳かな雰囲気を纏った空気。
思わず唾を飲み込み、入りづらいそれに黒崎は辺りを見回したが、こういう時に限って誰も来ない。
「…よし」
意を決して一人頷くと、軽く拳を握り扉をノックする。
静けさの中でのその行為は音がやけに大きく聞こえ、黒崎の緊張が倍に増す。
だが、それを打ち破るようにバタバタと中から響く足音。
それは扉の前で停まると、次の瞬間には勢い良く扉が開かれた。
「あら!珍しい霊圧だと思ったらやっぱアンタだったのね」
主張するように僅かにはだけた、豊満な胸を揺らしながら出迎えたのは先日仲良くなったばかりの松本。
知人が出てきたことに内心安堵の息を吐きながら黒崎は軽く会釈をした。
「こんにちは乱菊さん」
「今日はどうしたのよ?」
「ここの隊長に挨拶しにきたんだけど…今いる?」
「もちろん。たいちょー!」
室内に向かって声を張り上げる松本に手招きされるまま中に入ると、黒崎と対面している窓の所に、銀色が居た。
風が吹く度さらさらと靡くそれは、見た目よりもそれが柔らかい事が分かる。
そして瞳は、今まで見た事がない位に鮮やかな、翡翠。
そんな、何かの童話に出てきそうな容姿を持つ彼の姿に、黒崎は思わず息を呑む。
「…そいつは誰だ、松本」
想像よりも低い声が鼓膜を刺激する。
(綺麗、だな…)
黒崎はその瞬間、確かに魅了されていた。
目の前の、小学生にしか見えない外見の少年に。
「アイツですよ、死神代行の…」
「黒崎一護だ」
名乗った瞬間、銀色の眉が潜められた。
だがそれも気にせずに続ける。
「お前は?」
「……日番谷冬獅郎、十番隊隊長だ」
妙な間を置いて返事が返される。
その声には一切の感情も込められておらず、ただ淡々と言葉の羅列を声に出していた。
(何か…気を悪くするような言い方したか?俺…)
「…隊長?」
初対面の黒崎でも気付くような、あからさまな不機嫌さ。
松本も違和感に気付いてか、戸惑いを含んだ調子で日番谷に声を掛けた。
「何だ?」
「何だって…どうしたんですか?そんなに機嫌悪くして…」
松本が話している最中に吐き出される溜息。
そしてチラリと松本と黒崎を見比べる様に視線を向けた。
「…言っておくが、」
言いながら立ち上がる。
僅かに床板を軋ませながら黒崎の傍まで歩み寄ると、ペースを崩さないまま一言。
「俺はテメェが死神だなんて認めねぇ」
そう、黒崎や少し離れている松本にも聞こえる声ではっきり言ってのけた。
「…ッ、おい!今のどういう…!?」
呆然としていた黒崎が振り返った時には、既に執務室から去った後だった。
日番谷が戻る気配のない戸から松本に視線を移すと、先程の黒崎と同じ様な表情を浮かべている。
「…ご、ごめんね一護」
大きな息を吐いた松本は、小さく肩を竦める。
「いつもはああじゃないんだけど…今日は機嫌が悪かったみたい」
そう言って苦笑するが、日番谷の態度に驚いているのは黒崎よりも松本の方だろう。
松本の表情を見ただけでもその事が理解出来たから、一護も特には何も言わない。
「…分かった」
ただ一言そう返すと、松本と同様に一護も苦笑を浮かべた。
「…また来るよ」
(…俺らしく、ない)
それが、日番谷が執務室を出て最初に思った事だった。
気に入らない。
黒崎に対するこの感情をここまで露にするなんて、欠片も思っていなかった。
今まで誰にも、本心を話した事なんて無かったのに。
(もしかしたら…黒崎だからか?)
一瞬ではあるが脳裏を過った可能性。
そんな事は有り得ない、と首を横に振る事で馬鹿げた考えも振り払う。
そう、有り得ないのだ。
少なくとも、日番谷の中では。
家族とも呼べる祖母や雛森相手でも、ここまで直ぐに本音が零れるような事は無かった。
それなのに、初対面の相手に自分の本心…しかも負の感情を告げてしまうなんて。
「どうしたんだよ、俺…」
ポツリ。
無意識の内にまた言葉が零れた。
不意に顔を上げてみると、いつの間にか来ていたのは雛森の居る病室。
此処は執務室からそれなりに離れているから、相当考え耽って居た事が分かる。
日番谷は自嘲する様に笑みを浮かべると、部屋の中央にあるベッドに歩み寄る。
そこには、未だ意識を失ったままの雛森が眠っている。
その直ぐ横で足を止めると、哀しそうに眉を寄せた。
「…まだ、起きないのか?」
「……」
返事は無い。
それでも日番谷は続ける。
「…どうしたら良いか分かんねぇんだ」
ポツリ、と。
呟いた言葉は静寂に包まれた室内では大きく響く。
「全部藍染が悪いのは分かってる…それでも思っちまうんだ、黒崎達が来なければこんな事にならなかったんじゃないかって」
話している内に、拳を握る力が少しずつ強くなっていく。
藍染や黒崎達に対する怒りではなく、自分の不甲斐なさに。
黙り込む日番谷。
返事を返す者は居ない。
だが…日番谷の本音を聞いてしまった人物は存在した。
(…しまった)
聞いてしまった、と入口で固まっていたのは、黒崎だった。
十番隊の隊舎を出た後、阿散井の見舞いをしてやろうとここに来ていたのだ。
(まさか、冬獅郎が来てるなんて…)
それよりも問題なのは聞いた話の内容だ。
さっきの日番谷の態度の理由も、今話した事がそうなのなら納得できる。
黒崎は小さく息を吐き苦笑を浮かべた。
(こんなの聞いちまったら…怒るに怒れねぇじゃねぇか)
さっきの事は、正直に言うと少々頭にきていた。
だったら見返してやる!と思っていた所だったのに。
「…こんな所で何してるんだ?」
「…ッ!?」
しまった!
思わず振り向きながらそう思ってしまった。
目の前には唖然と俺を見詰めている冬獅郎の姿。
「と、冬獅郎…」
「日番谷隊長だ…まさか、聞いてたのか…?」
問い詰める日番谷に黒崎は僅かに目を逸らした。
「悪い…」
本当に、申し訳なさそうな声で呟かれた言葉。
日番谷は暫く黙り込むと、自嘲するように小さく笑う。
「…馬鹿みたいだろ?」
「え…」
さっき話していた内容の事を言っている事はなんとなく分かった。
だが、黒崎は驚いていた。
嫌われたと思っていた日番谷が自分にそんな風に言うなんて思っていなかったからだ。
「…じゃあ、仕事に戻るから」
そう言って横をすり抜けようとする日番谷の腕を、黒崎は咄嗟に掴んだ。
日番谷が驚いて振り返るが、掴んでいる方も驚いた顔をしている。
二人の間に気まずい沈黙が流れる。
黒崎は一度深呼吸をすると日番谷を真っ直ぐ見た。
「俺…冬獅郎に認められるように頑張るから、さ」
「あ、あれは…」
あの時衝動的に言ったものだと否定しようとした。
だが、黒崎は日番谷の言葉を遮った。
「お前に認められる位強くなったら、またお前に会いに行っても良いか…?」
躊躇いながらもはっきりと伝えられた言葉に、日番谷は再び驚かされた。
こんな自分に呆れずに、こんな事を言ってくるなんて思わなかった。
だから、この台詞は純粋に嬉しく感じた。
「…待ってる」
ふわり。
そんな笑みを浮かべて冬獅郎は頷いた。
いつの間にか、日番谷の心からはさっきまでの不安は消え去ってしまっていた。
きっと黒崎のお蔭だ、そう心の中で納得してしまって。
自分の性格からは素直に礼は言えない。
だから少しでも伝わる様に、先程の一言に気持ちを込めた。
(意外、だ…)
一方、黒崎は驚いていた。
こんなに綺麗に笑う日番谷に、再び魅了される。
とくり、鼓動が大きくなった。
激しい運動をした後や緊張している時とは違う。
まるで心臓が狂ってしまったみたいだ。
否、むしろ…
「…俺の方か?」
「何か言ったか?」
「いや、何でもねぇよ!」
不思議そうに見詰めてくる目にまた心臓が狂った。
まるで、日番谷の動き一つ一つに反応しているみたいに。
頭に浮かんだのはとんでもない答え。
そんな事ありえないと、否定しきれない自分に戸惑う。
「じゃあ、今度こそ戻る」
「あ、あぁ…」
颯爽とその場を立ち去る日番谷を見送る。
十の字を背負うその背中は、小さいのに大きく見えた。
姿が見えなくなると、黒崎は手で口を覆った。
狂った心臓はやっと治まってきている。
「ありえねぇよ、俺…」
きっと、否絶対に。
日番谷に対してこんな気持ちを抱くなんて馬鹿げている。
「どんな顔して会えば良いんだよ…」
ポツリ、呟いても答えは出ない。
今度会った時の事を考えて、黒崎は複雑な気持ちでその場を後にした。
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