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□スワンソング
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「ただいまー」


学校から帰ってきたあたしは、玄関に大きな男の人の靴があることにすぐに気がついた。でも、パパのじゃない。


「あ!」


すぐにその靴の持ち主に思い至ったあたしは、素早く靴を脱ぎ捨て廊下を走った。「こら、走っちゃダメでしょ!」とママの怒鳴る声が聞こえるけど、無視。ママにだって今のあたしは止めることができない。

だって――

バン、と勢い良くリビングの扉を開けて、あたしは自分の勘があたっていたことを知った。
リビングには、オレンジ色の髪と茶色い瞳がとても綺麗なすらっとした男の人がいた。あたしはその人に向かって駆け寄る。


「一護おじちゃん!」


背負っていたランドセルを放り投げると、彼に抱きついた。おじちゃんは笑顔を浮かべあたしを抱き上げる。


「おかえり、翠香」


いつも、一護おじちゃんはあたしに会うとこうして抱き上げてくれる。そして、あたしは一護おじちゃんにこうしてもらうのが、一番大好きだった。
大好きな、大好きな一護おじちゃん。

――かれがあたしのれんあいのあいて。黒崎一護、さん。

一護おじちゃん(あたしはこう呼んでいるのだけど)は、あたしのママのお兄さん。つまり、あたしの本当の「伯父さん」。
おじちゃんは家から少し離れたクロサキ医院であたしのお祖父ちゃんと一緒にお医者さんをやっている。患者の皆からは「若先生」と呼ばれてしたわれているんだって(と、ママが言ってた。“したわれる”って意味がよくわかんないんだけど)それで、おじちゃんは時々こうして家に遊びに来てくれる。
あたしはこの時間が一番好きだった。大好きな大好きな一護おじちゃんを独り占めにできるこの時間――


「ねえ、おじちゃん。今日はいつまでいられるの?」


おじちゃんは、お医者さんだから忙しい。すぐに帰っちゃうこともある。けど、今日は違った。


「うん?今日は休みだから、ずっと翠香と遊べるぜ」

「ホント?!やった!じゃあねじゃあね、勉強教えてくれる?」

「お安い御用だ」

「えへへ、大好き一護おじちゃん」


おじちゃんの首にぎゅう、と抱きつく。
するとおじちゃんは「オレも翠香が大好きだぜ」と、頭を撫でてくれた。おじちゃんの手のひらの感触に胸がぽかぽかとあったかくなる、これって、そうしそうあいってことだよね?


「相変わらず、翠ちゃんはお兄ちゃんにべったりよね」


そこにママがやって来て、あたしと一護おじちゃんとの「おうせ」を邪魔されてしまった。
もう、ママ……空気読んでよね。


「だって、あたし達あいしあってるもん」


ねー、とおじちゃんを見れば、ねー、とおじちゃんは返してくれる。
うん、やっぱりあたし達はそうしそうあいだ。二人の愛はママなんかに負けないくらい強いんだから。


「はいはい。翠ちゃんがお兄ちゃん好きなのはよく分かったから、手洗って着替えていらっしゃい」

「はーい」


もう少し一護おじちゃんとこうしていたかったけど、あんまりワガママ言って一護おじちゃんに愛想尽かされるのはいやなので、あたしは大人しくママの言う通りにする。
あたしの目標は、一護おじちゃんにつり合う素敵なレディになることなのだ。いつか一護おじちゃんと結婚するために。
そのためなら大好きなシュークリームだってがまんする。……二個で。
放り投げっぱなしだったランドセルを拾って、あたしは自室へ向かった。
リビングを出るとき、少し困った顔して溜息をついているママの顔が見えた。

何故そんな表情をしているのか――この時のあたしにはわからなかった。





◇ ◇ ◇





「翠香」

「ん?なに?」


一護おじちゃんに教えてもらいながら宿題をしている途中、おじちゃんがあたしの名前を呼んだので、あたしは手を止めて、顔を机から離した。


「――お前、まだ視えているか?」

「………うん」


何を、とは一護おじちゃんは言わなかったけれど、あたしには何の事を訊いているのかわかった。
最近になってあたしは、普通の人には見えない、いわゆる幽霊というものが視えるようになった。血を流していたり、顔色の悪い人たちが普通に立っている光景を初めて目にした時、あたしは怖くて。
その事をあたしが相談した相手は、一護おじちゃんだった。
おじちゃんは、何も言わずあたしの話をじっと最後まで聞いてくれて、それからあたしをぎゅ、と抱き締めてくれたのだった。

ああそうだ。この時あたしおじちゃんに恋をしたのだ。
その時からも大好きだったけれど、『好き』が変わったのだ。


「まだ、怖いか?」

「うん……でも、ちょっとだけ」


その時、おじちゃんはおじちゃんも昔は幽霊が視えていた、て教えてくれた。そして彼等は悪いものではないから、なるべく怖がらないでやって欲しい、とも。
だからあたしは、それから少しずつ怖がらないようにしている。


「そっか。ありがとな」

「なんで、おじちゃんが礼を言うの?」


おじちゃんの言葉にあたしは笑う。一護おじちゃんは一瞬動きを止めた。茶色い瞳がまあるくなる。


「え?あ…何でだろうなぁ。……おかしいな、オレ」

「うん、おかしい」


頷けば、ははは、と一護おじちゃんが声を立てて笑った。でも、その笑顔はいつもよりどこか寂しそうで。胸が痛くなった。



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