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□スワンソング
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「一護おじちゃん」
そんな表情させたくなくて、思わずおじちゃんを呼ぶ。
「どうした?」
しまった……
思わず呼んでしまったけど、何も考えてなかった。考えなきゃ。えーと、えーと……
「翠香?」
「あ、そうだ!あのね、この前ママから聞いたんだけど、あたしの名前、おじちゃんが付けてくれたんだって」
「うん?ああ、そうそう。遊子、お前のママに頼まれてな」
あん時はすげー悩んだんだぜ、と当時の話をしてくれる一護おじちゃんの顔からはさっきの哀しい笑顔は消えていた。
よかった。
「ふーん、そうなんだ。で、何であたしの名前を“翠香”なの?」
「……………」
訊いた途端、一護おじちゃんは口を閉ざしてしまった。今度は眉を八の字にして、本当に哀しそうな表情をはっきりあたしに見せた。そして黙ったままあたしの髪を梳くように撫でる。
あ……
あたし、また……
「……………ごめんなさい」
わかってしまった。
今のも、訊いたら駄目だったんだ……
「ごめん、なさい……」
おじちゃんを傷つけてしまったという事実を目の前にして、あたしはどうしたらいいのかわからなくて涙がこぼれた。
そんなあたしを見て、おじちゃんが軽く息を吐いた。
やだ。
おじちゃん、もしかしてあたしに愛想つかしちゃったの?
嫌いになった?
やだ、やだ。
「ごめ、なさい…ごめんなさい、ごめ……」
すると一護おじちゃんはもう一度あたしの頭を撫でた。今度はいつもと同じ優しい笑みで。
「おかしいぞ、翠香。何で翠香が謝るんだ?」
その言葉はついさっきあたしがおじちゃんに言った言葉と同じ。
おどけたようにして言う一護おじちゃんの口調から、あたしのことを慰めようとしていることが伝わる。けど……
「でも、だって……」
あたしはあたしが許せない。口惜しい。
素敵なレディになりたいのに、あたしは未だ未だ子供だ。一護おじちゃんは大人で。全然つり合わない。
ぐす、と鼻を鳴らす。
「翠香は良い子だな。………彼奴によく似ているよ」
「え?」
「あのな、“翠香”って名前な、其奴のイメージで付けたんだ。翠香が其奴みたいに、しなやかで優しくて強い人間になりますように、て想いを込めてな」
オレの願いは翠香に伝わってるみたいだ、とおじちゃんはまたあたしの頭を撫でてくれた。
「その人って、おじちゃんの知り合いなの?」
「ああ。オレの………大切な人、だ」
そう言って笑みを浮かべたおじさんの笑顔は、やっぱりどことなく寂しそうで。あたしはおじちゃんの顔がまともに見られず、俯いてしまった。そして、ずっとおじちゃんの左手の薬指を見つめていた。
そこには、カッコ良いデザインの銀色の指輪がきらきらと輝きを放っていた。
あたしは知らなかったのだ――左手の薬指に嵌められたその指輪の持つ意味を。
◇ ◇ ◇
嘘…
嘘、嘘、嘘……
『えー、すいかちゃん知らないの?』
『“伯父さん”て、結婚できないんだよ』
嘘。
『それにすいかちゃんの“伯父さん”て、クロサキ医院の若せんせいでしょ?』
『若せんせい、きっと好きな人いるよ』
嘘。
『だって、せんせいいつも左の薬指に指輪はめてるじゃん。あたし知ってるよ』
『左手の薬指に指輪をはめてる人は将来を誓い合った人がいるんだって。ママが言ってたもん』
嘘。
そんなの、嘘。
うそ、だよね……
――バン
あたしがクロサキ医院のドアを勢い良く開けると、待合室にいた患者さん達が一斉にあたしの方を見た。
「おや?翠香ちゃんじゃないか。いらっしゃい、どうした?」
丁度、おじいちゃんも待合室に居て、あたしを見つけるなり近寄ってくる。しゃがみ込んであたしの顔を見て、おじいちゃんはぎょっと驚いた顔をした。
あたしがぼろぼろと涙を流して泣いていたから。
「……………ぐすっ」
「ど、どうした?誰かにいじめられたのか?そんな奴、おじいちゃんがこらしめてあげるから、泣いちゃ駄目だよ。ほら、笑って笑って」
あたしにゲロ甘なおじいちゃんは(聞けば、ママ達にもそうだったらしい)泣いてるあたしを宥めながら、頭を撫でてくれる。
あったかい……
でも。
その手のひらの感触が一護おじさんに少し似てて。
あたしは我慢していたものが堪えきれなくなって、溢れた。
「……おじ……ちゃ、ん………」
「ん?なんだ?」
「うわあああぁぁぁぁーーん!!」
大声を上げて泣き喚き始めたあたしに、おじいちゃんはオロオロして。
「一護、おーい、いちごーー」
と、一護おじちゃんを呼んだ。
「何だよ?今、診察中――って、翠香?」
呼ばれて、診察室から顔を覗かせた一護おじちゃんも待合室で大泣きしているあたしを見つけて驚いていた。
あたしの方は、大好きなおじちゃんを見れたはずなのに、今日は少しも嬉しくない。むしろ哀しくて。
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