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□少年は、還る(後編)
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――ピッ
「…乱菊さん、何かあったんすか?………とう、――アイツに……」
松本が阿散井との通信を切るや否や待ち構えていた黒崎が訊いてくる。
松本は黒崎を見やり、ふぅーと溜息を吐く。
そして、頬にかかった髪を無造作に掻き上げた。
「隊長が行方不明らしいわ。しかも瀞霊廷内の何処にも居ないそうよ」
阿散井からの報告を掻い摘んで説明をすると、黒崎の琥珀の瞳が大きくなる。
「それって……アイツ独りで流魂街へ行ったってコトですか?」
「そう、なんでしょうね」
「アイツ……でも今闘えないんじゃ……」
「だから、非常事態なのよ!」
語尾を荒げて松本は言った。
「今の隊長が虚に出会した日には……」
「っ!」
松本がそう行った途端、黒崎は息を呑み彼もまた立ち上がる。
『雨』と『虚』
その二つの言葉は黒崎には鬼門だった。
昔の忌まわしい記憶がまざまざと蘇る。
いくら、先だっての“ルキア救出”で克服したとはいえ、彼にとっては忘れられない、忘れることの出来ない記憶。
「待ちなさい!」
半ば無意識に窓から身を乗り出し出て行こうとしていた黒崎を松本が止めた。
窓枠に片足をかけた状態で黒崎は振り向き松本を見る。
「何処へ、行くの?」
「アイツ……アイツを、捜さなきゃ……」
まるで謔言の様に呟く黒崎。
「………アンタは“彼”を認めないんじゃなかったの?」
松本の言葉に黒崎は眉根を寄せ今にも泣き出しそうな表情を見せる。
「…………………それでも、オレ…アイツを護らなきゃ」
「“彼”が日番谷隊長だから?」
容赦の無い松本の問い掛けだった。
それは彼女の「これ以上隊長を傷つけるようなら、二度と近付けさせはしない」という強い決意に因るものなのだが。
「…………………………………………わからねぇ。今、オレにわかんのはアイツを護らなきゃいけねぇってコトだけだ!頼む!乱菊さん、行かせてくれ!!」
「………まあ、いいでしょ。―――――黒崎」
――ヒュッ
松本は黒崎に向けて何かを投げつけた。
反射的に其れを受け取った黒崎は手の中の物を見る。
「これ……?」
其れは、松本の伝令神機だった。
「使い方は分かるでしょ。持って行きなさい。こちらで隊長見つけたら、連絡入れるから。アンタも隊長見つけたら、阿散井にでも入れなさい」
そう言って笑う松本の姿が黒崎には嬉しい。
日番谷を捜す許しを得られたのだから。
「ありがとうございます、乱菊さん」
頭を下げると、伝令神機を握り締め黒崎は窓から飛び出して行った。
その姿を見送った松本はもう何度目になるか分からない溜息を零す。
(ま、正直――…百点満点とは言えない返事だったけど……)
それでも、彼の――黒崎の、気持ちは痛い程に伝わったから。
(それに、あんまり人の事責められないのよね――)
彼女と黒崎の違いはただ、一週間以上前から現在の日番谷と付き合っている彼女とほんの三、四日前に目醒めた黒崎と、という単純な経験値の差だけだった。
つまり、今の黒崎の心境は何日か前の松本自身の心境と同じな訳であるのだが、問題は其れを受け取る側――日番谷、だ。
記憶が有ろうと無かろうと『日番谷冬獅郎』にとって『黒崎一護』は“特別な存在”であることには変わりはないらしく、同じ態度でも松本と黒崎とでは反応が倍以上も違う。
喜びもそして哀しみも、だ。
だからこそ、黒崎に“日番谷”への態度には気をつけろ、と自分が注意しようとした結果、今の事態を招いてしまったという訳だが。
「ま、結局、頭でごちゃごちゃ考えるより身体が先に動いた、というコトなのかしらね、これは」
良い結果になればいいのだけど、と松本は祈る様に思いながら自分もまた四番隊へと向かった。
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