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□少年は、還る(後編)
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「―――――――――……え」


――ガタッ


日番谷は手に持っていた菓子を床に落とす。
その音に黒崎も漸く日番谷が戻って来ていたことに気付いたらしく。
は、と顔を上げ日番谷の方を見た。

二人の視線が絡み合う。

そして、先に外したのは黒崎の方だった。


「あ……………あ、あの…俺……僕、そういえば卯ノ花さんの処へ診察に行かなきゃ………すみません、お茶はまた……また別の日にして下さい」

「日番谷隊長?!」


踵を返し執務室を出て行こうとする日番谷を呼び止めたのは阿散井だった。
阿散井の声に日番谷はその足を一旦は止める。


「阿散井さ、んも……ごめんなさい………」


しかし、そう言うなり日番谷は一旦は止めた足を動かし、今来た道を戻って行ってしまった。


「あ…隊長!………てめぇ、一護」


阿散井はズカズカと黒崎へ向かうと、彼の胸倉を掴み上げ――

――ドゴッ!


「阿散井っ!!」


松本が止める間も無く。黒崎の頬を力一杯殴り付けた。


「……………ってぇ……」

「何やってんだ?!てめぇ………、てめぇが今の隊長をわかってやれなくて誰がわかってやれんだよっ!!」

「………………るせぇ………」


殴られた際に切ったのか口の端から滲み出る血を黒崎は無造作に拭いながら呟いた。


「!!…おまっ」

「阿散井!止めなさい!!」


さらに殴り掛かろうとする阿散井を松本が止めた。


「っ!………………俺、日番谷隊長を追います」


松本に頭を下げると阿散井もまた執務室を出て行った――床に座り込んでいる黒崎には一瞥もくれず。
松本はふぅーと息を吐くと、日番谷が持って来た菓子を拾い集めた。

(計算違いの原因は阿散井だったか……)

成程、と松本は思う。
阿散井のあの背丈なら日番谷には届かない高さの菓子も簡単に届く。
そのせいで松本の計算が大きくずれ、最悪の事態を招く羽目になってしまったのだが。

拾い集めた菓子を卓に置き、お茶を淹れ直しながら松本は未だ座り込んだままの黒崎へと声を掛ける。


「アンタは追いかけないの?黒崎…」


言いつつも松本は黒崎の前に淹れ直した茶を置いた。
松本の声に黒崎は俯いていた顔を上げた。


「………………オレ、は……………」


そう力無く呟くとまた俯いてしまった黒崎を特に気にする風でもなく、松本は自分にも茶を淹れ、そしてずず、と音を立て啜った。


「―――――……雨が降って来たわね」


ぽつぽつという音に窓に目をやった松本は降り始めた雨を見て誰に言うでもなく呟いた。





――――――ピリリリリリリ……


暗く沈んだ執務室の雰囲気が突如破られる。

その重苦しい空気を破ったのは松本の伝令神機だった。
持ち主である松本は其れを手に取る。


「――もしもし」

『あ、乱菊さん。阿散井です』


かけてきたのは先程出て行った阿散井からだった。


「何かしら?」

『あの、ですね。今俺四番隊に来たんスが、卯ノ花隊長が仰るには日番谷隊長、未だここに来てないらしいっす』

「な、んですって!」


――ガタッ!!


阿散井の言葉に松本は思わず長椅子から立ち上がる。
その音に黒崎も俯いていた顔を上げ、ぼんやりと松本を見た。
松本は黒崎の物問いた気な視線に気付いてはいたが、今は構ってなどいられなかった。


「それで?」

『それで、霊圧を辿ってみたんですけど…隊長、霊圧を消していらっしゃるみたいで無理なんす』

「………っ!」


松本は唇を噛み締める。
先日、痴漢対策に霊圧の消し方を教えたのは松本自身だった。
自分が教えたことがこんなところで裏目に出るとは思いもしなかった。
自分の迂闊さを呪いたくなる。


『それにどうも、日番谷隊長、瀞霊廷にいらっしゃらないんじゃないかと……』

「なっ………!…じゃあ、隊長は流魂街へ行ったというの?!独りで??!!」

『そうじゃないか、と……』

「………………」


阿散井が説明する状況にさしもの松本も二の句が継げないでいた。

今の日番谷には闘う術を持たない。
――否、正確には“闘い方を忘れている”のだが。
兎に角、無防備なのだ。
流魂街の住人達は彼の死覇装の姿を畏れ何もしては来ないだろうが、それでも下層の治安の悪い場所へ入れば保証の限りではない。
気性の荒い者達に囲まれれば、何をされるか――。

(それで済めば、まだいいけれど……)

仮に彼の容姿に魅入られ惑わされた野郎共に彼が襲われたとしても、だ。
最悪命は助かるだろう、と松本は女性とは思えないかなり乱暴な事を考えていた。
さらに、むしろ襲われるという恐怖に霊圧を解放してくれれば並みの人間なら霊圧に中てられて気絶するだろうし、こちらも居場所が掴めて有難いくらいだとさえ。

しかし――

(問題はやっぱり虚よね……)

これが対虚となれば、話が全く違ってしまう。
闘い方を知らない今の日番谷では先ず自分達が駆けつける前に命は無い。
その上、霊力だけは隊長級――というか、隊長なのだが。
虚にしてみればこれ程「美味しい餌」も無いわけで。

(何としても虚に出会す前に見つけなくちゃ……)


「……わかったわ。私もすぐそちらへ向かうわね。じゃ一旦切るわよ」





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