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□オレンジ・デイ
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(……確かに橙だな)


彼、黒崎一護の髪は見るも鮮やかな橙色をしていた。
ふぅ、と日番谷は二度目の溜息を零す。
「要らない」と松本の贈り物を突っ撥ねる事も出来るが、先程から必死に助けを訴えてくる視線が痛い。
勿論、黒崎からの。
それに、だ。
日番谷にとって『黒崎一護』を要らないなどという選択肢など無かった。
甚だ不本意ながら。
恐らく彼女は其処まで見越した上で、なのだろう。


(さて、如何するかな?)


日番谷は辺りを見回す。
松本が暗に見返りを要求している事はすぐに理解出来た。
だが、一体何を要求しているのか――。
キーワードは“オレンジ”。


(あ……)


と、日番谷の瞳にオレンジが飛び込んできた。
そして口角を上げる。
彼の中で合点が入った。
成程、彼女は此れが欲しいのだ――。


(口惜しいが、俺の負けだな……)


負けを認めたと同時に、日番谷はす、と全身から唸りを上げていた自身の警報器を解除した。
三度、溜息を吐き彼はほっそりとした指で、その物を摘み上げた。
其れは小さな紙切れであった。


「ほらよ。此れを遣るから好きな日にちを書け。すぐに判をついてやるから」


ひらり、と松本の前にその紙切れを閃かすように差し出す。
すると其れを見た彼女は一瞬獲物を見つけた猫の如く瞳を輝かせたが、すぐに元に戻すとこほん、と咳払いを一つした。


「そんな。あたしは別にそんな、見返りを戴こうとかそんな、考えていなくてですね。ただ純粋に隊長の日頃の感謝とお礼とを示しただけでそんな……でも、隊長が是非にと仰るなら遠慮「そうか。じゃあ、此奴は要らないな」


矢鱈「そんな」と連発する松本の言葉を途中でぶった切ると、日番谷はひらり、と差し出し掛けた松本の手から紙を遠ざけた。


「あ」


(後少しだったのにぃ〜〜)


最後の最後で詰め方を誤ってしまった、
此処は素直に受け取るべきだった、と歯軋りしたくなる。
が、松本はぎりぎりの理性で以って堪えた。
でも、流石に落胆の色は隠せない。

一方、口惜しさを顔一杯に表す松本を見た日番谷はにぃ、と不適な笑みを見せる。
此れで完敗から八対二まで持ち返せた、と溜飲を下げた。
それでもまあ、負けは負けなのだが。


「如何した?要るのか要らないのか?」

「要ります!あたしに下さい」

「ほらよ」


再びひらり、と差し向けると、今度は躊躇う事無くひったくるようにして松本は受け取った。
そしてすぐさま日番谷の机にある筆でその紙に書き込み始める。
必死である。


「はい!判子下さい」


書き終えるや否や、バンと紙を叩きつけた。
未だ墨も乾ききっていない紙に手を突けば手が汚れてしまうと思うのだが、今の彼女はその程度の事に構ってはいられなかった。
彼女の余りの血走った形相に、日番谷は苦笑をその薄い桜色の唇に浮かべると、何も言わずその紙に自分の署名と十番隊の印を突き、彼女へと返す。


「じゃ、一番隊へ提出して来ます」

「ああ。ついでに此れも渡してくれ」


と、日番谷は机に積み重なっている書類の山の一部を切り崩し、松本に渡した。


「判りました。行って来ます」


(早い……)


す、と言い終わるか終わらないかの時点で既に松本の姿は執務室から消え失せてしまっていた。


(全く、普段からもう少し今のように素早く仕事をしてくれれば……)


あのような意趣返しなどせず、素直に紙を渡してやったものを、と日番谷は今までの彼女との遣り取りの間で何回吐いたか分からない溜息を吐き――掛けたその時。


「んう〜〜〜う、ぅぅぅ〜〜…っっ!」


呻き声が聴こえた。


(おお、忘れていた)


すっかり忘れていた自分への『贈答品』の許へ日番谷は慌てて駆け寄り。


「大丈夫か?」


と、黒崎に尋きながら、黒崎を束縛していた物を解いてやる。
念の入った事に鬼道までかけてあったので、其れも解除した。


「はぁ〜〜やっと自由に動ける……」


束縛から解放された黒崎は、大きく深呼吸し固まった関節を伸ばすように身体を動かす。


「悪かったな、松本の所為で」

「ん?いや、まあ……吃驚したけどさ」

「けど?」


黒崎の言葉に小首を傾げる日番谷に、黒崎はにっこりと笑い掛けて。
そして――


「うわっ!!」


ぐい、と日番谷の細い腕を引いて胸許に抱き寄せると、そのまま日番谷の小さな体躯を自身の腕の中に納めた。


「冬獅郎に逢えたから、今は嬉しい、かな?」

「―――――」


(…同じ事を考えていたのか)


彼もまた自分と同じ事を考えていたと知って、日番谷の胸に熱いものが込み上げる。
二人は最後に逢ったのは、丁度一月前の――ホワイドデーのこと。
それから今日まで二人は逢っていなかったのだ。
恋人同士なのに。


「冬獅郎、久し振り」

「………ああ」



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