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□オレンジ・デイ
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「たーいちょ」


十番隊執務室。
その部屋にある他より少しだけ贅沢な拵えの机で、忙しなく働いている日番谷冬獅郎の前に一人の女性が立っていた。
甘い声音で彼の名前、否、肩書きを呼ぶ。
松本乱菊。
此処、十番隊で副隊長を務めている。
つまり隊長を務めている日番谷のすぐ下の部下である。
彼女の姿に日番谷は仕事の手を止め、持っていた筆を置いた。


「――何だ?松本」


日番谷の声に松本はうふふ、とにこやかな笑みを彼に向けた。
松本は、誰もが羨む美貌と豊満な体躯とを兼ね備えた他に類を見ない美女だ。

余談だが、日番谷もまた目の覚めるような整った容姿の持ち主だ。
美に関して多少の自負を持っている彼女だが、目の前の彼には負けていると密かに思っている。
口惜しいので、口に出しては言わないけれども。
そんな二人が並べば、美男美女の絵になるカップル――にはならなかった。
原因は日番谷の容姿。
彼の背丈は彼女よりも頭三つ分低い。
つまり二人が並んだところで、恋人同士というよりは精々が姉弟といったところ。
そしてそれは、日番谷の想い人にも言えた話であり、その事が彼の目下の悩みであった。

閑話休題。
その美貌を誇る松本から、にこやかな微笑みなど向けられれば、大抵の男は浮き足立つのだが。
日番谷は違った。
心ならずも松本との付き合いの永い日番谷は、彼女の人為を熟知していた。
此れもまた不本意ながら。


(何かある)


故に、彼女の笑みに不吉な予感しか感じず、日番谷は平静を装いつつも内心で自身の警戒レベルを引き上げる。


「隊長、今日何月何日かご存知ですか?」


「何だ?」と尋いた日番谷の問いに松本は質問で返す。
相変わらず顔は笑みを湛えた儘だ。
日番谷はいよいよ不吉なものを感じた。
既に彼の警報ランプはぐるぐると勢い良く回転点滅しっ放しだ。


(さて、如何する?)


正直に答えるか否かの選択に迫られた日番谷は少しの間思惟し、そして前者を取る事に決めた。
理由は二つ有る。
一つは、彼女の思惑が未だ読めない事だ。
出方が判らない以上、此処は乗っておこうと考えたのだ。
もう一つは、単純に彼の性格の問題だ。
嘘を吐く事もかといってすっ呆ける事も、彼の性格上出来ないのである。
日番谷はそういう方面は不器用であった。
何れにせよ、彼には前者を取るしか無かった訳である。


「………四月十四日、だが」

「そうです。で、隊長、今日何の日だかご存知ですか?」


(………何?)


様子見に応えた応えに返って来たのは、またしても質問であった。
正直、彼女の意図が掴めない。

松本は何を企んでいるのか――

だが日番谷は首を傾け、今日――四月十四日という日の事を考えてみた。


(何だ?隊首会でも合同訓練でも無いし……)


先ず。
日番谷が考えたのは護廷の業務であった。
が、今日は特にこれといった予定は無かった。
翡翠の宝石を想わせる翠の瞳をちら、と動かし、予定表を見遣って念の為確認してみたが、矢張り今日の箇所には何も書かれてはいなかった。
仕事関係ではない。


(…となると)


次に彼が考えたのは祝いや祭りといった一般的な催事。
が、此れにもピンと来るものに思い至らない。
「十四日」と訊いて先ず思い浮かぶ催事といえば、二月十四日のバレンタイデーである。
そして其れと対を為すホワイトデー。
何方も日番谷に教えてくれたのは――彼だ。
そして。


『だからさ、その日は空けておいてくれな?』


そう、言われて、その二日共二人で過ごしたのだ。


(――って、何考えているんだ?俺は)


甘く心を振るわせる想い出から我に返った日番谷は、溜息を吐く事で想い出と共に顔に集まった熱を逃がした。
それから気を取り直し『今日』という日について考え直す。
何れにしても今は四月。
バレンタインデーもホワイトデーもとっくに過ぎた春。


「………………否、知らん」


長い熟考の末、彼が応えた答えは「否」というもの。
その答えに松本は淡い蒼の瞳を三日月形に細める。


「今日はですね“オレンジデー”なんだそうですよ」

「は?何だ、其れは?」


日番谷は瞳を丸くし、松本の笑顔に満ちた顔を見上げた。


「何でもですね、現世の日本だけにある祭りらしいです。今日、四月十四日に家族や友人、大切な人達にオレンジの物を贈りましょう、て。柑橘協会が企画したんだそうですが」

「ふうん…」


松本の説明に日番谷は頷く。
紅白の次は橙とは。
お祭り好きな現世の人間らしいと言えばらしいが、と日番谷は感心と呆れとを二対八の割合で混合した溜息を吐いた。


「という訳で、ですね。隊長へあたしからのプレゼントです――どうぞ」

「んんっ、うんん……ふ、ぐ…んんん……っ」

「――っっ!!」


そう言って松本がドン、と日番谷の机の前に置いたのは黒崎一護という名の死神代行であった。
ご丁寧にピンクのリボンで彼の身体簀巻き、否ラッピングしてある。
身動きが取れない上に口にはガムテを貼られている為、話すことも出来ない黒崎は、床の上でじたばたと藻掻き日番谷に助けを求めていた。
目尻にはうっすらと涙を浮かべており、見るからに哀れだ。



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