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□胡蝶之夢
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俺は玄関に取り付けられているモニターに接続し、来客の顔を確認してから迎えに出た。
「いらっしゃいませ、浦原様」
ドアを開ければ、当たり前だがモニターで確認した人物と同じ人が立っていて、俺の姿ににっこり、と微笑んだ。
「コンニチハ、日番谷サン。メンテナンスに来ました」
彼の名前は、浦原喜助様。黒崎に『俺』を売った自動人形専門店の店長だ。
「アフターサービスっス」と言って、こうして顧客の許を転々と回っては、自動人形の保全維持(メンテナンス)を行っているらしい。うちにもそういう訳で定期的にやって来る。
「調子はどーっスか?」
様々な配線を俺に繋げながら、浦原は俺に訊いて来た。他の自動人形相手は如何だか識らないが、彼は何時も俺にこう訊いて来る。メンテすれば解るのに、だ。
一度、浦原に理由を尋ねたことがあるが、彼はその時「ワタシはキミ達の口から訊きたいんスよ。機械からじゃなくて、ね」という答えだった。
自動人形だって『機械』だろうと思うのだが。よく解らない。そう、彼に告げれば、彼は薄く笑みを浮かべただけでそれ以上何も答えなかった。俺も何も言わなかった。
そして、今日も。同じように訊かれ、俺は少し逡巡したが先程の事があったので、報告することに決めた。
「一つだけ」
言うなり、浦原は驚いたように瞳を瞠った。
「オヤ?珍しいっスね、冬獅郎サンがそんな事を仰るなんて」
確かに彼の言う通り、俺はいつも「何処も悪くない」としか答えてこなかったから俺がこんな事を言うのは珍しいのだろう。矢張り、言わない方がいいだろうか。
「それで?」
止めようかと考えかけたタイミングで優しく先を促され、俺は当初の予定通り告げることにした。
「先程、俺の記憶に日時の不明なものが在ることが判明しました」
「………どんな記憶っッスか?」
尋ねられる儘、俺は先程の出来事を浦原に話す。訊き終えた浦原は寂しそうに眉尻を下げ「そーっスか…」とだけ俺に告げた。
「あの、俺――…」
毀れかけているのでしょうか――という問いは何故か彼に訊けなかった。
「ネェ、日番谷サン……」
代わりに浦原が俺に話し掛けてくる。
「はい」
「………イイエ、何でもナイです。忘れて下サイ」
◇◇◇◇◇
ワタシの許へ帰って来ませんか?
という言葉をワタシは呑み込んだ。幾度と無くあの子に告げようかと思ったか知れないその言の葉。
だって見ていられなかった。だけど。
その度に、ワタシは躊躇う。あの子をワタシの許へ連れ帰るコトは、ワタシの自己満足でしかないのでは、と。きっとあの子はソレを望んでなどいない。
――好きなんだ
何時だったか黒崎サンがワタシに話してくれた言葉が不意に、脳裏に甦った。
『好き、なんだ』
『黒崎サン……』
『好きなんだ、冬獅郎のことが。凄く、すごく。初めて見た時からずっと……』
『でも、彼は……』
『分かってる。でも、好きなんだ!人形だろうと、何だろうと、冬獅郎のことが、冬獅郎だけが…オレは……オレ、は……』
――冬獅郎の全てが欲しい
◇◇◇◇◇
「うわっ!」
「黒崎っ!」
朝。いつも通り黒崎と散歩をした帰り、ふと、押していた車椅子に抵抗を感じた。瞬間、車輪が動かなくなってしまった。突然の車椅子の故障。余りにも突然起きたその出来事に黒崎は無論、オレも対処出来ず、ガタガタと音を立てて地面へと転がった。
怪訝しい。確か、今朝点検をした筈なのに。否、それよりも。
「大丈夫か?くろさ……き?」
車椅子から投げ出された黒崎の姿を捜した。
「黒崎……?」
しかし、幾ら辺りを見回しても、感知機能を限界まで広げても、黒崎の姿が何処にも無い。
おかしい
おかしい
さっきまでは居た筈なのに
彼は身体が弱くて、だから、車椅子なしではそんなに遠くまでは動けない筈、なのに……
おかしい
おかしい
主人の姿が無い、という事実に
俺の中のありとあらゆる回路が警告を発して、オーバーヒートを起こしそうだ。
『此れ』は一体、何だ…?
そこまで考えて、俺の回路はぷつり、と消失した。
次に俺が再起動した時には、何故か俺は家に居て、部屋の真ん中で突っ立っていた。
「如何した?冬獅郎」
黒崎の声がした。黒崎??
視線を声があった方へ動かす。するとベッドの上に黒崎がいつも通りに居た。
「とうしろう?」
「何処にいらしたんですか?」
「は?」
俺の問いに淡い琥珀色の瞳を丸くする黒崎。
「朝、散歩の最中に車椅子が動かなくなって……」
「ああ、うん」
「その後、黒崎居なくなって、俺はずっと……」
ずっと?ずっと、とは何時までだ?
オレは自分が言った言葉に疑問を持った。が、その疑問に俺の中の記憶は応えてくれない。
「はあ?」
代わりに疑問に応えてくれたのは。素っ頓狂な声を上げて破顔した俺の主人だった。
「何言ってんだ?」
――お前が家まで運んでくれたんじゃねぇか
主人の言葉に俺は頷いた。
……嗚呼、そうだったか、と。
◇◇◇◇◇
『なあ、冬獅郎』
『はい』
『お願いがあるんだけど』
『はい』
『オレのこと名前で呼んで』
『はい、一護様』
『様、も要らない』
『はい、一護』
『敬語、も要らない』
『ああ』
『愛してる、って言って』
『ああ、愛してる一護』
《命令》に従った途端、主人は突然車椅子から立ち上がった。そして俺をきつく抱き締めて、冬獅郎、冬獅郎、と俺の名前を呼んだ。何度も、何度も。
呼ばれる度に、俺は応える。
『一護?』
『………ごめん、やっぱりいい。今の《命令》は無しだ』
『はい、一護様』
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