頂きもの

□残虐のマリア。
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たまたま、用事があった。
事実であるはずの文章が、真実味を失うのは容易いこと。

***

部活は雨で中止、練習場は点検工事で使用禁止。
なんてつまんねぇ放課後だ!と俺は憤慨しながら人気の無い廊下を歩く。
(同室だからって、俺は連絡網係りか!後輩の沢村にまで!)
感情に任せて、勢いよく教室のドアを蹴り開けると、小さく蹲る背中が視界に映った。

「オラ沢村ァ、起きろ!倉持先輩が直々に来てやったぞ!」

返答無し。
・・・無視かこの野郎。

「ヒャハ、技かけられてぇのか。お・き・ろ!」
「・・・ぁ・・・。」

そういってグイッと襟首をつかんで頭を持ち上げると、真っ赤な瞳が二つ。
大きく見開かれて、俺を見つめる。

一瞬、動きが止まる。
明らかに空気が変わった。

不安げな面持ち。
異様に艶かしい唇。
その濡れた視線に、思わず息を呑んだ。

(泣いて、たのか)

ぐしゃり、と沢村の顔が歪んだ。
頬に涙の型がいくつもついているとこみると、コイツ涙流しっぱなしで泣いてやがったな。
息を殺して泣き始める沢村を見て、俺は確信する。

(コイツに、こんな顔させられるのはアイツしか、いねぇ。)

脳裏に浮かぶ、あの眼鏡の天才捕手。
眼つきが鋭くなるのが、自分でも分かる。
腹の底から湧き上る、何かが俺を蝕んでいった。
それは、怒りに似て。
羨望に、少し近い。

顔に出やがったな。
ヒャハハ、俺も単純になったもんだ。

「・・・御幸か。」
「っひ・・・ぅう。」

びくり、と大きく沢村の肩が揺れた。ビンゴ、ってやつか。ふん、嬉しくねぇ。
苛立ちを隠すように、震える耳元に、小さく呟いた。

「俺だったら、お前を泣かしたりしねぇのにな。」
「っ・・・!」

沢村が驚いたように顔を上げた瞬間、唇を奪う。
優しさや、気遣いは不要。俺の気持ちさえ伝われば良い。
しばらくの間、不謹慎な幸せに酔った。
沢村の、時折苦しげに吐き出される吐息が、頬を撫でる。
逃げる舌を貪る快感に、身震いした。

「あっ・・・う、いや・・・。」

沢村が俺の胸板を押し返すので、仕方なく解放してやる。
肩で呼吸を整える仕草すら愛おしい、と思った。

と、その時。
教室の扉が、勢いよく壊れそうなほど大きな音を立てて開いた。
見慣れた人影が、視界の端を掠める。

(ち、早ぇじゃねぇか。)
俺が心の中で一人ごちた瞬間、俺の腹に鈍い衝撃が走った。

「・・・連絡言いにきただけ、じゃないよな倉持。」
「また呼び出しかよ御幸。ヨロシクし過ぎじゃねぇのか浮気野郎。」
「語弊のある言い方すんじゃねぇ。」
「ヒャハ!泣かしてんじゃねぇかよ。」

脅迫と嫌味が、食い違う。質問には敢えて答えない。
殺気を放ちながら、御幸は沢村の肩を抱く。
その瞬間、真っ赤に腫れた瞳から、不安が消えた。
安心したような、とうめいな笑顔を浮かべる沢村。

(あぁ、わかってたさ。)
(どうせ勝ち目はねぇ、けど、)

御幸が見せ付けるように、沢村にキスを落とす。
幸せそうな、甘い空気。
俺の時とは違う、鼻にかかった様な沢村のあえぎ声。
御幸の沢村の頬に添えた手が、厭らしく動く。

俺とはちがう、愛しかた。

俺の中に諦めと、嫉妬と、黒い何かが、ドロドロと押し寄せた。
息苦しくなって視線をそらすと、御幸が諭す。

「苦しいのは、誰だろうな倉持。」
「ヒャハハハ。意味分かんねーよバーカ。」

クソ眼鏡。
同情は、いらねぇ。
お情けも聞こえねぇよ。
そうだ俺はこのくらいの温度が丁度いいんだ。
でも、いつかまたこんな事があったら、なぁ、御幸。

「とりに、いくぜ。」
(かならず、な。)

「肝に銘じとく。」

御幸は短く告げると、沢村と教室を出て行く。
俺は短く、息を吐いた。
うまく、呼吸ができなくなってる自分に、笑えた。
ヒャハハハ、

***

残虐のマリア。
(みせつけられた、不落のせかい。)
(白旗は、まだ、)






激情スライダーのリョウさまにキリ番リクでいただきました。
ありがとうございます!!

惚れました(笑)

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