NOVEL1
□砂糖より甘いくちづけを
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すると自分しかいないと思っていた廊下に響く足音。しかも、ものすごく急いでこちらに駆けているようで、リノリウムが可哀想だと思ってしまう。
その足音の主は徐々に近づいてきていた。
御幸は自分には関係ないと気に留めず階段を下る。
踊り場はそういう時期だからか、薄暗く少しだけ不気味な雰囲気だった。
そのときタタ、と足音が止まった。
「やっと見つけた!」
(笑った声も泣いた声も、最中の喘ぐ声もアイツが発する全部の声を聞いたことがあるのは、もしかしたら俺だけなのかもしれない)
窓から入り込むオレンジ色の光を背に受けて、声の主が言う。まるで彼自身が発光しているかのようで、思いがけず目を細めた。
もちろん、御幸はその時点で彼が誰なのかを察知していて、下りた階段をわざわざもう一度上がる。
「よ、沢村」
「なーにが“よ、沢村”だ! クリス先輩がアンタのこと呼んでるから早く来いよ!」
「はっはっは! あの人はちょっと遅れたぐらいで怒る人じゃねーよ」
「そうだけど!」
御幸は再び階段を下りる。
それに練習着の沢村も続いた。
響く上履きの音が、どこか寂しげだ。
しかし、それは沢村の一言で破られる。
「とりっくおあとりーと!」
「…は?」
「なんだ、忘れてたのかよ! 今日はハロウィンだろー!? お菓子くれ!」
「あ…今日、31日か」
「クリス先輩に聞いたんだ。ああ言えばみんなお菓子くれるって」
(お菓子くれるのは、みんなお前がかわいいからだっ! クリス先輩も然り!)
そうなのか、とポーカーフェイスで言いながら、沢村に胸をときめかせている面々を思い浮かべる。
しかし、この少年を独占しているのは自分なのだ。
ふふん、と笑むと沢村の手を握りしめた。
「な、なにすんだよ!」
「だって、お菓子欲しいんだろ?」
くれんのか!? とキラキラした笑顔をむけてくる。
ああ、コイツに出会う前の俺からは想像できない。
1人のヤツ、しかも男を好きになってしまったのだから。
「じゃあ、もっとこっちに来いよ」
握った手を軽く引くこともなく、沢村は自分から御幸の近くへ寄った。
ぐっと腰を引き寄せれば、沢村の頬が軽く朱に染まったような気がして、くらりと目眩がした。
(嗚呼、これが愛ってやつか…)
なんて本気でそう思ってしまう。
男だろうと俺はこの沢村栄純を愛しているのだ。
そして沢村の頬に右手を添える。
彼も覚悟を決めたのか、きゅ、と目を瞑った。
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