NOVEL1
□音速で君に会いに行く
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月のない夜でした。
音速で君に会いに行く
沢村栄純は大学近くの大手電化製品店で、それに釘付けになった。
小さい音で歓声が流れていても、映像のみで液晶の中の彼は人気だと理解できる。
いくつものテレビに流れる同じ映像。それを凝視している、と言ったほうが適切だった。
そのテレビの中の男──御幸一也は栄純がいつも見るときよりも、刺すような視線を持っていた。
18.44メートル先の抑え投手は彼が繰り出す合図にうなずき、モーションからゆっくりと白球をそのミットに投げ込む。
プロならではの150キロ台の速球がインコースにズドンと決まる。
よし、9回表はあと1人! と栄純は小さくガッツポーズをした。
ここでの相手チームの攻撃を抑えればバツゲームで、5連勝目だ。
「沢村ー」
「ん?…ああ、」
後ろで携帯を選んでいた(彼は一昨日トイレで携帯電話とサヨナラしてしまった。つまり流したのだ)大学で出来た野球部の友人は、栄純に意見を聞こうと呼び掛けるが素っ気ない相づちに首を傾げた。
が、栄純の視線の先にあるものをたどって、慣れているように言った。
「あ、ミユキだ。お前も好きだなー。高校一緒だったんだっけ?」
「おー」
好き。
確かに好きだ。
彼がいうlikeという意味の“好き”という意味ではないけれど。
高校から当然のようにプロ入りを果たした噂のルーキーキャッチャーと、大学で野球をやることを選んだ自分が同居しているなんてコイツも思いはしないだろう。
(絶対に俺たちのやる野球とプロがやる野球は別次元のモノ、と思っているはずだ。こういう人間なのだ、コイツは。)
ハイビジョン放送の電波に乗って映し出される御幸を全国民が知っていたとしても、家に帰った途端に自分に抱きつき「疲れた。栄純癒して。メシ、風呂!」なんて駄々っ子のように言う御幸は栄純しか知らないのだ。
なんて幸せなんだろう、と思う。
友人が、このメーカーは画質が良いだとか、こっちのメーカーは壊れやすいって有名だからなど、うんぬん言っているのを左耳から右耳に流して聞いて、その様子にほほえましく思っていると、ワァ! とテレビの中から歓声がビリビリと伝わってきた。
(勝った…!)
画面には御幸が所属する球団の名前の下に8、対戦相手の球団の名前の下に5と表示されていた。
勝ったほうの選手は相好を崩し、球団のマスコットキャラクターとじゃれあったり、ベンチの監督やコーチとハイタッチをしていく。
その中に御幸の姿もあった。
(ん〜…今夜は夕飯どうしよう。勝ったから奮発してやりてぇけどなあ…。)
5連勝なんてそう簡単にできるものではないし、8点のうち2点は御幸のホームランだったようだ。
それで勢いづき攻撃打線は爆発。
集中打で3回に一気に5点を奪い、そして5回に1点と6回に2点を追加したということだ。
そのお陰かお立ち台には心なしか嬉しそうな御幸の姿。
汗で光っている頬は微塵も暑苦しく感じず、高校のときと然程変わらない爽やかさは何万人(いや、もしかしたら何十万人…それ以上かもしれない)もの女性ファンを魅了する。
栄純が不安に思わないのは、御幸のことを彼なりに信じているからだ。(それでもときどきは沈むこともあるけれど)
(冷蔵庫ん中に豚肉あったな…。じゃあしょうが焼きか?んーむしろ御幸に聞いたほうがいいかな)
そう考えていれば、野球中継は半ば強制的に(時間が迫っていた所為もあるんだろう)もう終わっていて、何回か見たことがあるニュースキャスターが原稿を読んでいた。
うずうずと胸の辺りがくすぐったい。
電話したい。
声を聞きたい。
顔が見たい。
右手でジーンズのポケットの中にある携帯電話を握る。
彼とお揃いで付けている野球の硬式ボールのストラップが音もなく揺れた。
「沢村、俺、この携帯にするわ」
「んー…」
悪いとは思ったが友人には適当に相づちを打った。
今頃御幸は何をしているだろうか。ロッカールームで着替えているのか、それとも勝利の美酒に酔っているかもしれない。(ただそうなると車で帰ってこれなくなるから、球団のスタッフにマンションまで送ってもらうのだが)
いずれにしても早く御幸に逢いたくて、携帯を開いた。
しかしそれと同時に、待ち受け画面から着信したときに設定している動画が流れ、店内に五月蝿いくらい音楽が響いた。(ちなみにこの曲は御幸が打席に入るときに流れるものでもある)
液晶には、栄純が声を聞きたくて電話をかけようとした人物の名前が表示されていた。
『栄?』
「御幸…」
聞こえたのは確かに御幸の声だった。しかし電話向こうが騒がしくて、思わず耳から携帯を離した。
が、すぐに再び耳に当てこう言った。
「勝ったな、おめでと!」
『まだ気ィ抜けねぇけどな。それよりお前今どこ?』
「今、学校の帰りに友達の買い物に付き合わされて電器屋いんの」
『へえ』
「なんだよ、その返事。だからアンタのインタビュー見られたのに…」
すると電話の向こうの一層ざわめきが増した。
「御幸ィ! なにしてんだよ、女か!?」なんて声がして、そうですって即行返事を返していて、自分がそこにいるわけではないのに赤面してしまった。
『栄。俺、今から帰るから。』
「ん。俺もバイク飛ばして帰る。夕飯奮発してやるから楽しみにしとけよ!」
『了解。じゃあ愛してるぜ、栄』
「な……!? って切れてる」
一定の電子音が強制的に耳に入ってくる。あんなことをすんなり(しかも周りにチームメイトがいただろうに)言ってしまうのも、御幸の特徴の1つだと栄純は思っていた。
でも嫌じゃない。
むしろ心地よい。
だから俺は御幸が好きなのかもしれないな、なんてガラにもなく考えてしまうあたり、到底自分は彼の傍を離れたりはしないんだろう。
そう思い、ふ、と口角を上げながらリュック(御幸が高校時代に使っていたものだ)からバイクのキーを取り出すと、レジカウンターで書類を受けとる友人の肩を叩いた。
「園田、」
「ん?あ、帰る?」
「おう。飯作ってやらなきゃならねーし」
「ああ、先輩と一緒に住んでるんだっけ?悪いな。付き合わせちゃって」
園田の言葉に一瞬、何言ってんだコイツ。と思ったが、そういえば彼には先輩が住んでるマンションで居候させてもらってると言っていたんだ。
ぎこちなく相づちを打つと園田はニコニコ笑って、そっかと言った。
野球は巧いのにどこか天然が入っているというか…癒し系? な園田に手を振り、駐車場に停めてあった原付にまたがり、ヘルメットをかぶる。
ここからマンションまで20分ほど。きっとその間に御幸が帰ってくることはないだろう。
だから、家入ったらまずグラスを冷やそう。アルコールだと俺が飲めないから、アルコール抜きのシャンパンをこの間買ったんだ。
そして御幸が帰ってきたら両手を広げて「おかえりなさい」をして抱き締めて。
シャンパンを飲みながら昔話に花を咲かせるのも、たまにはいい。
さあ、帰ろう。
彼を癒せる空間をつくるために。
大人パロでした。
栄純しか出てきてませんね…。御幸さんはアルコール飲んでないので、車で帰ってきます。たぶん。
オリキャラ園田くんがいますが、彼はこの先出てくるのか!? 個人的にはすごい出したいんですけどね(笑)
大人パロでの御幸さんと倉持さんの会話も是非書いてみたい! 2人とも絶対プロ行きますよね〜