NOVEL1

□不器用な愛情表現でも
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確かにあの人の持っている表情やしぐさは、どこで手に入れたのかわからない巧みな話術と合わさって、とても女の人から人気がある。
でも、あの人は俺が好きだと言うのだ。俺は男で野球やってるし、女の子みたいに肌が白いわけでも柔らかいわけでもない。ましてやいい香りもしないというのに。

俺はその告白を、いつも逸らす。
抱きついてくる腕も、やさしい声も、気づかないふりをしていた。





2月14日。
3年は自由登校のため、数えるほどしか校舎にいない。野球部の彼らも残り少ない高校生活を寮で過ごしていた。
かといって1・2年が休みなわけがない。3月の末までは通常授業である。
1月の終わりから2月のはじめにかけて期末テストがあった。そのためかいくらか緊張の糸はほぐれ、各々がテストのために勉強をしなくていいんだ、という安心感に包まれていたが。
テストには結果がつきものだ。
肩を落とすもの、予想外の点に乱舞するもの、開き直るもの……。
そして嬉し涙を浮かべている生徒が、ひとり。


「やった…!」

「バカ、俺の努力の賜物だろ」


後頭部に金丸の拳が軽く当たる。
痛くはなかった。
彼の教え方は口調こそは乱暴だが、比較的わかりやすい。栄純だけでなく、降谷もお世話になっていることからも、それがうかがえる。こぼれそうになっている涙をブレザーの裾で拭う。


「サンキュー、金丸!」

「…お願いだから2年になっても俺を頼んなよな」

「はは、頑張る」


お前の勉強に対しての頑張るは信用できねー。と金丸は深いため息を吐くと、隣のクラスに行ってくると席を立った。おそらく降谷のテストの結果を見に行ったんだろう。
栄純は笑みをこぼすと、来年度もよろしく! と心の中で呟いた。
すると、教室の端で談笑していた女子生徒が栄純に近づいてくる。


「沢村くん! はい、チョコレート!」

「え、あ、ありがと!」


手のひらに乗せられた6個の四角いチョコレート。
金丸くんと2人で分けて、ということだから、その中から先に3つ選んでおく。
でもなんでくれるんだ?
先ほど近づいてきたのはクラスでは、あまり目立たない子たちだ。しゃべったのも久しぶり。もっと言うと名前も曖昧。
そういえば、と周りに漂う甘い香りに鼻をひくひくさせる。ついでに黒板を見れば2月14日と白いチョークで書かれている。


「…そっか。今日はバレンタインか。」


なんて呟いてみたがバレンタインというものには、良い思い出も悪い思い出もないのだ。その日は決まって母親と若菜からの甘いアレ。
少女漫画みたいな甘ったるい告白もうけたことがない。統合してしまうぐらいなのだから、生徒はほとんど名前も顔も知っている。すなわち誰が誰に告白したかなんて、疾風迅雷のごとく駆け巡るのだ。
つまり栄純は、本命をもらったことすらなかった。というかいつでも野球に熱心すぎて、甘ったるい行事を気にしたことがない。
それはおそらく今年も同じ──と思っていたら、昨日寮の食堂でアイツに言われたことが脳裏を過った。


『明日はバレンタインだから、チョコくれよ』


アイツとは言わずもがな、青道高校野球部が誇る扇の要・御幸一也その人である。相変わらずの自信満々な微笑みを浮かべ(試合中は真剣なのに)、そう言っていた。
栄純は咄嗟に近くにいた伊佐敷の後ろに隠れ、返事をいうことはなかったが(まあ言ったとしても、ノーであることに違いないのだが)男があげる立場になるってどうなんだ? とやけに真面目に考えてしまった。

そうこうしているうちに、6限目の開始を知らせるチャイムが鳴り響いた。いつの間にか金丸も自身の席についていて、栄純も英語のテキストを机上に広げた。
テキストに綴られる意味不明な文に若干めまいを感じながらも、3つの四角いチョコレートは、あとで金丸にあげよう。とブレザーのポケットの中に押し込んだ。




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