NOVEL3

□テストよりも大切なこと
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「へっくしゅ…っ」


あー…。
畜生。なんで人間は風邪ひくように出来てンだよ。
あー…。超ダリィ。
和泉は鼻声のまま唸る。ったく来週は数学の小テストだってのに。
今回は千葉なんかに負けねーしな。(今回もと言えないのがどんなに悔しいか)

その千葉に、そんなに辛いなら外に出なきゃいいんじゃない? と苦笑されながら言われたが、和泉にとって外に出なくてはならないものが嗜好品なのだから仕方がない。

ましてや他人から見た自分は『優等生』『ネクラ』『副会長』と言われている。
噂では元族だなんだかんだ(元族なのは事実)と囁かれているが、昔の和泉岳を知らない人間からすれば、そんなことないと言えるほどの生活態度をとれている自信がある。

そのためか、このニコチンを取るときは一応人の目を気にしているのだ。

だから最近発見したこの場所──西校舎の非常階段は手離したくないというか、ここしかないというか。

他の隠れられそうな場所は、ある生徒がそこで煙草を呑んでいるときに生徒指導に見つかったことが原因で、巡回のコースに入ってしまったのだ。

まったく仕方のないやつだ。
もっと上手く隠れろよな、バーカ。

と思っても、その生徒は諦めているのか今では堂々と男子トイレで煙を燻らせている。

もうひと吸い、と肺の隅々まで煙を入れると、フィルター近くの紙が火で赤く染まる。
簡易灰皿に押し付け、火を消しながら白煙を吐いた。(あとで灰皿の中身はトイレで流すのだ)



そのとき、非常階段のステンレスのドアが開いた。

きれいに根元まで染められたオレンジに近い金髪に、いつも付けているピアスとネックレス。

その風貌からは、自分と同じ生徒会副会長だとはとても思えない。
でもなぜかコイツは人から頼られて、この学校では知らないヤツはいないぐらいの不良だというのに慕われている。(ギャル男からオタクまで、ウザいぐらい広い)

先ほど言ったある生徒でもある品川大地は、和泉の存在に気づきながらもブレザーの胸ポケットからシガーケースを取り出し、薄い口唇で紙巻き煙草をくわえた。慣れた動作で火をつける。


「よう」

「…それ、使ってんのか」

「あ?」


くい、と顎をしゃくって差されたのは、品川の手中にある銀色のシガーケース。和泉はそれに見覚えがあったのだ。

当然だ、これは自分が買い、自分が品川にあげたものだ。誕生日の祝いとして。

畜生。もう一度心中で呟く。
そんなもん使ってんじゃねーよ。
思い出すだろ、いろいろと。


「シガーケースなんて使ったことねーからよ。どんなもんか試すつもりで使ってたら案外良いんだ」

「…そうかよ」


おう。と一言と共に吐き出された紫煙は、品川と和泉の間をふわふわと漂う。

和泉の煙草とは違うメーカーの香り。今まで彼が吸っていたものと混ざりあって、よくわからないものになっている。

すると品川は、いつもの和泉とは違うような気がして首をかしげた。
心なしか鼻声だし、頬もいつもより赤い。


「もしかして風邪ひいてんのか?」

「…すぐ治る」

「そういう問題じゃねーだろ。」


長い前髪をはらい、眼鏡の奥の瞳を見つめ、額に手のひらをあてた。
ひんやりとした品川のそれに和泉も目を閉じる。

やはり本人が思っている以上に熱い。こりゃ帰したほうがいいかもな。


「和泉、帰れ」

「…っ平気だっつってんだろ、この阿呆。それに来週は数学のテス」


うだうだ言ってんじゃねー。
とも言いたげな表情の品川は、和泉が発しようとした先の言葉をふさぐ。
煙草は品川の節のないまっすぐな指に挟まれたまま、紫煙を作り出していた。

目を見開いた先には、眉を寄せた品川がいる。そしてその品川にキスされている自分。

自分よりライトな度数に慣れていない所為で、くらくらと目眩に襲われた。


「──しなっ、んん…っ」


自分の口内で暴れる品川の舌に翻弄されるがまま。

この変な気持ち良さと、ニコチンの味がマーブル模様を描いて、ぐちゃぐちゃになっていった。

和泉が品川の胸を押すことで、ようやく悪酔いした気分から解放された。

だが、


「…ってめー! 伝染(うつ)んぞ!?」

「いいだろ別に。俺が数学だけは点数いいの知ってんだろ、和泉は」


だから伝染ってもいいわけ。
金髪を揺らしながら、先ほどの余韻を残す口唇をひと舐めする。


「堺には俺から言っとく」

「てめーは……、なんでそんなことまですんだよ」

「は?」


ぽかんとした間抜け顔。

だが笑っている余裕もないくらい気分が悪くなってきた。どうやらさっき怒鳴った勢いがピークだったらしい。


「っ伝染っても、いいのかよ」

「だからいいって言ってんだろ」

「…なんでだよ」


一度離れた品川が近づく。
和泉の脇に腕を入れ、支えるように抱き抱えた。品川の肩に顔を埋めた和泉の熱い息が吐かれている。

必然的に近づいた口唇と耳。
そこに彼は、和泉しか聞き取れないくらいの小声で囁いた。



「バーカ。テストよりお前のが大事なんだよ」










でも和泉は覚えてないと思います。具合悪くて(笑)そして報われない品川、ごめん。いやむしろ報われないのが品川だといい!(笑)

最初和泉は花粉症という設定でしたが、シガーケースを出してしまったので、急きょ風邪になりました。
品川の誕生日話と微妙に繋がっています。

そういえば彼らはどうやって煙草を買うんでしょうかね(笑)タ/ス/ポ使えないし!あれー?

お題は哀切の森さまからお借りしました。

 

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