NOVEL3

□Absolute
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「さっむ!」

10月。
ある日の午前6時。
朝練も毎日欠かさずしている栄純は(継続性があるのだ)約半年もすれば肌で季節の変化を感じられるようになった。
甲子園と宿題で埋め尽くされた夏休みも終わり、夏バテも徐々に取れてきた。
3年生の大半はこれからの大学受験や就職試験でピリピリムードが漂っていたが、同室の先輩は「苦ではないが楽でもない」という普段とあまり変わらない態度だから、あまり気を遣いすぎることなく過ごしていた。

かといって栄純含め1、2年の野球部員は気を抜くことはなく、ついこの間秋の大会が終了したばかりだ。


栄純はいつものようにロンTとジャージのズボンに身を包んで部屋を出たが、風が栄純の頬を撫でていく。
瞬時に赤く染まり、空気が秋から冬へと変わりつつあることが感じられた。

思わず出てしまった言葉は、白い水蒸気となるが消えてしまう。
この現象が起きれば近々ぐっと冷え込むだろうな、と思いつつ身を縮めた。
栄純の故郷は山に囲まれていたので、息が白くなるという現象は東京よりもう少し早かった。

スパイクを履いていつもタイヤを引いているグラウンドまで来たのは良かったのだが、さすがにロンTだけでは寒い。かなり寒い。

このままでは風邪もひく→風邪ひいたら練習出られない→体調管理云々って怒られる→試合に出してくれない!
そこまで素早く計算すると(数学はまったくもってダメなのにこういう計算だけは早いのだ)引き返そうと踵を返した。

だが、すぐ後ろを誰かが歩いていたとは気づかずに、彼(このグラウンドを使うのは野球部員しかいないから女の可能性はゼロ)の胸に鼻をぶつけてしまった。


「っいて!」

「おっと、……沢村、大丈夫か?」


いかにも栄純が振り返ったから彼だと気づきました!とでも言うように驚いて見せると、衝動でよろけた栄純の肩に腕を回して支えた。


「ゲ!御幸一也!」

「フルネームで呼ぶなっつの」


見上げてきた栄純が御幸を見るなり、苦虫を噛み潰したような表情をするもんだから御幸は面白くない。

栄純とは違い、しっかりとロンTの上にジャージを着こんでいる。これが青道野球部歴1年の差だ。

実は栄純がグラウンドへ歩いていくのを偶然目撃し、別に気配を消す技術など持っていないフツーの高校球児なのだが、何故か気づかれずに来てしまったのである。
もちろん栄純を見かけたときはニィと笑ったのだが、この時間に見かけたのは本当に偶然であった。決して御幸が栄純の行動パターンを計算しているわけでない。

しかし御幸は自分の腕から伝わる冷たさにあえて「ここで会ってよかった」と思った。
当然その冷たさは栄純からのもので、よく見たら今日の気候では寒々しい格好だったのだ。


「お前な、その上に何か着ようとか思わねーの?」

「だから今部屋に戻ろうとしたんだよ!…運動したら暑くなるって考えたけど、それだと後から来るアンタたちにスゲー怒られるだろ!」

「お、偉いな。お前がそこまで考えてるとは予想外」


それ褒めてんのか貶してんのかどっちだよ!?と食って掛かってきたが、はっきり言ってどっちもだった。

“怒られる”と思ったから自分の体調管理をしっかりしようとしたのは、野球部に入ってきた最初のころのコイツでは考えなかったことだし、この半年で明らかな成長だ。
しかし“怒られる”という他人にされることの想像の延長に体調管理をすることがあるならダメなのだ。自分自身が“しなければ”と思わないとエースは務まらない。
ま、半年でここまできたら進歩してる証拠なのだろう。


「しかたねーな」


ジジッとファスナーを開けてジャージの上を脱いで栄純に投げつけた。
見事顔面キャッチすると、わっ!と驚いてそれを胸元へ手繰り寄せた。
着たばかりで脱いだばかりだからほんの少し御幸のぬくもりと匂いが残っている。


「ま、未来のエース候補に風邪ひかせるわけにはいかねーしな」


着とけ。と言われておずおずと腕を通す。
御幸の体つきは見た目よりも大きいほうで(おまけに着痩せするほうなので、より細く見える)彼のサイズのものは栄純にはブカブカであった。


「貸してもらってありがてーけど、アンタは寒くねーのか?」

「はっはっは、寒い!」

「っはぁ!?」

「だから沢村。もう一個あるから俺の部屋行って取ってきて」

「……っ返す!」


ファスナーを開けようとする栄純を止めて、どうどうと興奮した馬を宥めるように右肩をポンポンと軽く叩く。

不思議がる栄純だったがそっと耳打ちすれば、目の色を変えてダッシュした。


「今降谷もいねーし、持ってきてくれんだったら球受けてやるよ」


ちょろい。ちょろすぎる。
小さくなる栄純の姿に、耐えきれず笑うと溢れそうになった目尻の涙を拭った。

1人になった御幸は口で弧を描きながら、こう思っていた。

しっかし、なんであんなにブカブカのジャージっつーのは……こうクるんだろうな!
男のロマンってわかる気ィするわ。

御幸一也。彼の得意技はポーカーフェイスである。






しばらくして。
猛スピードで御幸の部屋のカラーボックスを漁り、他の住人たちに文句を言われつつ、御幸ご所望のジャージを持ってきたのはよかったのだが。


「御幸先輩、なんで沢村があなたのジャージ着てるんですか」

「知らね!」


いつの間にか降谷と御幸が一緒に走っていて、口論をしていた。
栄純には会話をしているように見えていて、中身は聞こえていなかったけれど、なんで降谷が?と栄純は疑問に感じた。

栄純は気づかなかった。
走ることに夢中になりすぎて、途中で降谷とすれ違ったことに。
そのとき降谷は栄純が着ているものに気づき、今こうして詰め寄っていることに。

だがすぐに前者には気づいたものの、後者に気づくはずもなく栄純の思考は“きっと降谷は御幸に受けてほしいんだ!”ということに行き着いてしまった。
さすが栄純。


「っ降谷ぁ!テメー俺が先だっつの!」

「は?意味わかんないよキミ。それよりも御幸先輩、いい加減教えてください」

「お!沢村、ジャージサンキュー。降谷ー、お前も大概しつこいぞ?」

「御幸一也!受けてやるって言っただろーっ!」

「先輩、僕も受けてください。そして正直に言ってください」

「はっはっは!」




今日も青道野球部は平和です。










久しぶりにパロディじゃない栄純たちを書いたような……。楽しいぞ!

言い合いしてる間に倉持さんとかが来て「バカだなアイツら」と思いながら気にせず自主練します。それが日常だといい。


absolute=絶対的存在
栄純がいなきゃ始まらないよね!って意味でお借りしました。

お題はDOGOD69様よりお借りしました。

 

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