NOVEL3
□この胸の疼きを誰か止めて
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この胸の疼きを誰か止めて
「ねぇ、沢村」
10月31日の夜のことだった。
食堂で夕飯を食べ終わり、部員たちの多くが部屋へと帰っていく。
そんな中で受験勉強があるはずの亮介が、春市と談笑していた栄純をひき止めた。
落ち着いた声は逆に何か企んでいるのではないかと妙に身構えてしまい、栄純は応える代わりにぎこちなく笑った。
「お兄さん、何でしょう?」
今日寝たら明日は11月である。
言葉と同時に吐いた息は白く彩られていて、ゆらりと天に上っていく。
亮介は栄純に何か言う前に、彼の後ろで様子を窺っていた自分の弟に向かって顎をしゃくった。
どうやら「あっち言ってろ」の意味らしく、春市は小さく溜め息をつくと肩を竦めて踵を返した。
栄純は、あっと春市の行動に慌てるが、先輩が指示したことに文句を言えるはずもなく、ニコニコしている亮介の答えを待った。
「ここじゃ寒いだろ?場所を替えよう」
「……はい」
場所と言えど食堂に戻っただけだが、普段あれだけの部員が収まっているフロアは、2人だけだと違和感がある。もうすでに調理場のおばさんたちも帰っていた。
テーブルには亮介の奢りだというホットカフェオレ。コーヒーが飲めない栄純を気遣ってのことだろう。
こくり、と咀嚼したとき、唐突に亮介が言った。
「今日は何の日だっけ?」
「は…?」
「10月31日は何の日?」
彼が何を言わんとしているのかさっぱりわからない。栄純はくるくると表情を変えながら、ある一つの答えに行き着いた。
朝から散々にイタズラされていた理由は、それだったのだ。
食べ物を持っていないことをいいことにイタズラと称された関節技を仕掛けられたのは記憶に新しい。ただ決して良くはない記憶に栄純は眉間にシワを寄せた。
「っと……。ハロウィンでしたっけ?」
「当たり。その様子じゃ倉持にイタズラされたんだ?」
くすくすと笑う亮介。
栄純がうなずくのを確認して更に口角を上げた。
「でさ、沢村にいいこと教えてあげようと思ったんだ……どう?」
「へ?」
「これはね、ハロウィンの日しか有効なんだ。信じるか信じないかは沢村次第だけど、」
一旦言葉を切ると、ブラックコーヒーの缶に唇をつけた。
栄純はますます不思議そうな顔をして亮介を見つめる。
「ハロウィンには実は言い伝えというものがあってね、〈ハロウィンの真夜中にリンゴを食べて後ろを振り向かずに鏡を覗くと、そこに将来のパートナーの面影がうつる〉んだって」
「……はぁ…」
「沢村、やってみない?」
「っえぇえぇぇ!?」
何を言い出すんだ!と目を丸くして、栄純は声をあげた。
「何で俺なんですかぁ!?お兄さんがやれば……」
「面白くないでしょ?」
「っじゃあヒゲ先輩とかは」
「純には去年やってもらったよ。何かうつったかは知らないけど」
「御幸とか倉持先輩には…?」
「……御幸は面白がってやってくれたけど、うつらなかったの一点張り」
「、そっすか」
だから今年は沢村。
君に決めた!なんて某アニメの主人公のように言うから、栄純は文字どおりガクッと肩を落とした。
「はい、リンゴはあるよ」
「え、どっから出したんすか!」
「さぁ?」
毒リンゴまでとはいかないが、見事に赤々としているリンゴは蛍光灯の光でより一層輝いている。
テーブルに置かれたそれをまじまじ見つめるが、リンゴに仕掛けがあるわけではない。
栄純は考えることを止めた。
結局この人には逆らえないから、ここはちゃんとやってみよう。
っていうか「さぁ?」って…!!
そっとリンゴに手を伸ばす栄純。
同時に亮介の提案にのるという答えを表していた。
「やればいいんですよね?」
「うん」
〈ハロウィンの真夜中にリンゴを食べて後ろを振り向かずに鏡を覗くと、そこに将来のパートナーの面影がうつる〉
そんなことあり得ない。
そりゃあ興味はあるけど、迷信や占い染みたことはどうも信じられなかった。
「じゃ、結果は明日教えてね?」
「……教えなきゃだめっすか?」
「だーめ。面白くないでしょ?」
だめだ。
この人、すべてを面白がってる!
栄純は深い溜め息と共にガクッと肩を落とすと、カフェオレの入った缶を持って立ち上がった。
「期待はしないでくださいね」
もう一度亮介が笑顔でうなずくのを確認して、出入口に向かう。
亮介もそれに続き、何を話すでもなく5号室の前に着くと栄純は一礼をして部屋に入った。
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