NOVEL3

□この熱は誰の所為?
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車校教官御幸×大学生栄純。
時期は夏です。











「沢村、もうちょい肩の力抜こうか」

「…う、うす」


栄純は助手席に座っている、やたらイケメンな教官にうなずいた。
これから場外に出て車校のコースではない普通の市道を走るのだ。今までとは勝手が違う。車校のロゴマークがついた車ばかりではなく、一般の人が乗っている車が自分を取り囲むのだ。はっきり言って緊張しないわけがない。

けれど、ふっと息を吐くとだいぶ良くなった気がする。
車校の敷地内にある道路から市道に出る道に向かう。
ゆっくりとアクセルを踏み込んで、車がぐらりと揺れた。


「じゃあそこの道を左ね。これからAコースを走るから覚えて」

「…うす」


この教官は、御幸という。
比較的若い教官が揃っているこの車校では人気ナンバーワンに君臨する男だ(ホストじゃないんだから)。車校の教官の制服である青の縦じまが入ったワイシャツと、黒いスラックス。それに革の(蛇っぽい)靴。似合いすぎている。

ここに申し込みをするときに、教官は誰でもいいです。と言ったから、別に彼でいいのだが(どうしても夏休み中に免許を取ってしまいたかったので、一番早いプランを組み立ててもらったのだ)、どうしても気になる、というか困ることがあった。

御幸が男前だからこその悩みだ。

生徒は、受付前のロビーで教官に名前を呼ばれるまで待機することになっている。そのとき御幸が出てくると決まって、女の子たちの黄色い声がきんきんと五月蝿いのである。
しかも栄純の名前を呼ぶと何で!?という表情で見てくるのだから(それは般若にも勝ると栄純は思っていた)、待っているときは内心びくびくしていた。

それに加え、御幸は毎日のように栄純についている。極たまに他の教官がついてくれるときがあるが、毎日御幸は自分が運転する車の助手席に座っているのだ。

しかし、車内に入ってしまえば気にならないのも確か。
初めて御幸と喋ったとき、お互いに野球をやっていたことで意気投合した。しかも栄純はピッチャー、御幸はキャッチャーというのだから話に花が咲くのは当たり前だった。

特に今は夏だから、高校野球真っ盛り。会話は弾み、教官と生徒と言うより友人ぐらいの気で、お互いが接していた。


「あ、もうちょい前出ていいよ。そう、そのくらい」


信号は赤だ。
さっきの交差点を左、ここを右に曲がればAコースの第一停車ポイントだ。

栄純はウインカーを右に点灯させると、ほっと一息ついた。


「運転してみてどうよ?」

「あ、だいぶ慣れたっす」

「そっか。でもさっき左折するときサイドミラーで歩行者確認してなかったから気をつけてな」

「うわ、まじっすか…」

「うん」


へら、と御幸は笑って、手元のファイルに何かを書き込んでいる。
次の教官は違う人なのだろうか。と栄純は少しがっかりした。
ん?何でがっかりしなきゃならないんだ?と自分自身に問うが、答えが出てくる前に信号が青に変わってしまい、アクセルを踏んだ。


「確か次の時間も入ってるんだよね?」

「はい、そうです、けど?」

「俺、たぶん見てやれねえと思うけど、寂しくて泣くなよ?」

「なっ!泣くもんか!」


そこでもやっぱり御幸は笑っていて、窓から入ってくるなま暖かい風に彼の前髪が舞っていた。

栄純の目はまっすぐ前を見据えていたが、どうしても御幸の一挙一動が気になる。

何でだろう。と考えたとき、助手席にもあるブレーキで車は減速していく。
御幸の腕が伸び、ハザードを点滅させると「じゃあ左に寄せて停車」という言葉に、素直にハンドルを傾けた。


「はい、これがAコースの前半な」

「卒業試験のときは、これを覚えるんすよね…?」

「うん。一応覚えたほうがいいよ」


栄純がため息を吐くと、御幸は栄純の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「大丈夫っしょ」と言葉を添えて。

どきり、と下っ腹が疼く。
意味がわからない。何でコイツにどきどきせにゃならんのだ!

何としてでもこの空気を変えたい。
ぽっと思い付いたのは、とある疑問だった。


「御幸…さんは、何で俺なんですか?」

「んん?」


質問の仕方が悪かった。
栄純は「何で毎日俺につくんですか?」と言いたかったらしい。
だが御幸は少しの間考え込み、合点がいったのか「ああ」と言った。


「倉持から聞かなかった?」


倉持と言えば、御幸以外で栄純の教官をしてくれた数少ない人物だ。見た目はヤンキーっぽいがなかなかいい人だった。
御幸は栄純が首を振るのを見てから、苦笑する。


「……俺ねえ、前は女の子も教えてたんだけど、ほらあの状況だろ?」


今度は栄純が呆れたようにうなずいた。
あの女の子たちの剣幕と言ったら、すごいったらありゃしない。


「その上車ん中って密室だから、ちょっと優しくするだけで勘違いしちゃったりするわけよ」


それこそキスしちゃいそうになったりね。とそのときのことを思い出しているのだろう、表情は険しい。
栄純はゲェと苦虫を噛み潰したように眉をひそめた。


「だから先輩たちの配慮もあって、今は男だけしか教えないようにしてんだ」

「へえ……」


次の時間はちょっと仕事があってね。と御幸が本当に残念そうにいうから、栄純も心にちくりと針が刺さったように痛かった。


「でも、こんなに一人の生徒にくっつくってこともないんだよな」

「へ?」


じゃあ何で俺にはこんな毎時間のように教えてくれんだろう?
きょとんとしていると、御幸は再びハザードに手を伸ばし「さて後半いくか」と話をずらしてしまった。



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