Sodapop

□これは個性でコンプレックスじゃない
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 記憶喪失とは、なんだかとてもさびしいものだった。
自分の身体の中にぽっかりと空虚があるみたいで、中身を思い出そうとすると頭が痛む。考えないようにしようとすればするほど、得体の知れない違和感は存在をアピールしてくる。
一応、銀さんに付き添われて病院には行った。検査をしたら多少脳に損傷はあるものの、目立った異常は見つからなかった。ついでに、記憶喪失の治療法もないとのこと。
それでもなんだかとんとん拍子で、運よく身の置き所を確保できた俺は、その代わりに約束した事柄の重さをひしひしと感じていた。

 「どうなってんだよ……」

 誰に向けたわけでもなく、小さな小さな声が唇からこぼれた。
よく晴れた朝の光を浴びながら、銀さん、新八、神楽、そして俺は、居間のテーブルの下に並んで身を潜めていた。


『これは個性でコンプレックスじゃない』


 ガンガンと強く叩かれる玄関の引き戸。古くなった立てつけの悪い戸は軋み、はめ込まれたガラスは今にも割れそうに揺れて悲鳴を上げている。

 「オイィィィィ!!今日こそ家賃払ってもらうからねェェェェ!!」

 太く低く酒ヤケした声の主はお登勢さんという女性らしい。この家の大家さんで、1階でスナックを営んでいる夜の蝶。
病院に行った帰りに銀さんに連れられて挨拶に行ったものの、スナックはお客に溢れて顔合わせ程度にしか接点はなかった。
 そのため、これほど激しい取立てをする人だなんて、想像もし得なかった。

 「居るのはわかってんだよ!!腹くくれ銀時コノヤロー!!」

 階段をのぼる草履の音を聞き分けた銀さんは、すみやかに俺をテーブルの下に潜り込ませた。横を見ると、新八と神楽は慣れた様子で自らそこへ移動した。そして、今こうして息を殺して怒号を聞き続けている。

 「……なあ、毎回こうなの?」
 「しッ!喋ったら居留守がばれるだろ!」

 銀さんは充血した目を見開き、口に人差し指を立てた。



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