Sodapop

□鬼ごっこはグランドで
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 大工の仕事を始めて、ちょうど一週間が経った。
仕事内容は正直きつい。使い慣れない筋肉を使うし、高所での慣れない力仕事はなかなかこたえる。だけど、親方も先輩たちも厳しいながらみんなよくしてくれる。そして思ったより力があると、みんな褒めてくれた。素直にうれしかった。
 しばらくは日払いだから、すぐに手元に金も出来た。さっそく銀さんに渡そうとした初任給は、ちょうど家賃の取立てにきたお登勢さんにかっぱらわれていってしまったが。
銀さんは目を血走らせて取り戻そうとしていたけれど、お登勢さんの鉄槌により、見事に返り討ちにあっていた。俺は、煙を立てながら地面に顔をめりこませる銀さんの傍らにしゃがみ込み、「まずは家賃、全額払わないとね」と呟いた。はい、と曇った返事があった。
 一週間程度じゃあ、まだまだ家賃を完済などできない。だけど銀さんに耳打ちされ、前日分から少しだけ抜き、手元に小遣いを残した。

 「それで身の回りのもんでも買ってこい。休みなんだろ?今日」

 銀さんの一言に後押しされ、それもそうだと頷く。記憶をなくした上、俺の持ち物はなにひとつなかった。いくつかよさそうな店名を銀さんから仕入れて、手のひらにメモする。覚えていられる自信はない。

 寝室の襖を閉める。寝巻きを脱ぎ、姿見にうつった自分の姿を見つめた。
自らの胴をすっぽり隠す、不思議な下着。銀さんが言うに、これを着ていたから気を失った時点で、胴に深い傷がなかったのではないかとのこと。

 『男だよ』

 神楽に性別を尋ねられ、考えるよりも先に口からこぼれたこの言葉。聞かれたときは一瞬迷ったが、後々自分の体を見たとき、そこには胸の膨らんだ、紛れもなく女の体があった。
なぜ反射的に男だと言ったのか。それは失くした記憶の中にあるのかもしれない。だが、なにもわからなくなった今でも、女として生活するには、とてつもない抵抗があった。他人に知られるのも。

 胸を押し潰す妙な下着は、毎日風呂で洗っては、晩のうちに乾かして、起き掛けにすぐに着込む。その夜のうちは、タオルを巻いて大きなシャツを着て、なんとか誤魔化していた。代わりになるものをなんとか手にいれなければ。平坦にならされた胸をひと撫でし、鏡に映る人物を睨みつけた。そして、くたびれた銀さんの着物を拾い上げ、肩に掛ける。

『鬼ごっこはグランドで』



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