Short story

□My Funny Valentine
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 この季節の感覚は、クリスマスに似ていると銀時は思う。愛だの恋だの浮ついた季節に舞い戻ってきた。
 スーパーの地下やコンビニエンスストアの特設場のピンクのハートの壁紙。その下のチョコレートの山、やま、ヤマ!そう。バレンタインがやってくる。
 糖分過多で病気になりそうになるほど大好きなお菓子も、自分で買って食べるなんて無粋な真似は出来ない。むしろしたくはない。
 更にはこの時期こういった依頼が舞い込んできたりするから余計に遣り切れなくなる。
『14日までにチョコレート10個作ってくんない?』
 最近は義理チョコならぬ世話チョコという名前のものまで出てきているみたいなので、一度引き受けるととめどなく依頼が殺到してしまう。
「銀ちゃんお菓子作るのうまいから全部やるといいネ」
 食べるしか頭にないチャイナ娘は呑気に銀時の行動に指示を出し始めた。
「あのなァ」
 銀時は料理を作る時の自分専用エプロンをしてチョコレートの板を慎重に溶かしていた。『専用』がつくからと言って作業が3倍早くなる訳ではない。
 確かに!これが全て食べられるのであれば問題ない。しかし悲しいことにこれは全て見たことも聞いたこともない人間に渡っていく。
 これが全部…新八からだったらなァ…。
 銀時は恥ずかしがり屋―だと思っている―の自分の恋人のことを思う。
 ………ナイ。それは切ないほどにナイ。予測出来る反応と言えば、
『アンタ糖尿病寸前でしょうがァァァ!!!』
 で、一発蹴り…。
「銀ちゃんこれ甘すぎアルヨ!」
 声が聞こえたので銀時は自分の持っていたステンレスのボールをふっと覗く。何故かボールの中に溶けかけていたチョコレートがないことに気付くと同時に神楽の口の回りが茶色くおいしそうな香りで満たされていることにも気付く。
「うんわッ!オメー何食ってんだよ!まだ作ってる途中でしょうがァァァ!!つか、この為に何枚板チョコ使ったと思ってんだァァァ!!!」
 せっかく始めた作業も小娘の胃の中に納まってしまえば全て水の泡。
「やめだやめだ!なんで男の俺がこんなん作んなきゃなんねェんだ!!ったく…」
 やる気を無くして銀時は身につけていたエプロンを床に叩きつけ、ソファにふんぞり返った。神楽はボールの中身を文字通り舐めるようにキレイにしていく。
ピンポーン
 突然万事屋に鳴り響いた玄関のチャイムを聞いた後、聞き慣れない声が部屋の中に侵入してきた。
「あのー、ここはなんでも頼めばやってくれる万事屋さんですよね?」

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