Short story

□君にはわかるまい
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 どうやら学園には伝説が付き物らしい。
 ある高校では、卒業式に校庭のはずれにある伝説の樹の下で告白が成立したカップルは永遠に幸せになれるそうだ。またある高校では、卒業式に告白して成就した時に、校庭にそびえ立つ時計塔の頂上に付いている伝説の鐘の音に祝福されると幸せになれるらしい。
 志村パチ恵が通う銀魂高校にも昔から囁かれている伝説があったりする。
『下駄箱に入れたラブレターから恋が成就したカップルは永遠に幸せになれる』
 だが、この伝説は奇妙なことに『先生限定』だったりする。
 それは、普段あまりプライベートな部分まで踏み入れない生徒と教師がラブレター一枚で恋人になれるはずがない、というところが所以なのか、はたまたそうではないのか、ということは永久に解かれない謎なのである。
「なんで私が…」
 パチ恵はその伝説を知っていた。その上で、現在自分のクラスの担任である坂田銀八の下駄箱の前に立っている。
 決して自分が銀八に好意を持っている訳ではない、と豪語してからここに来たかった、とパチ恵は目を細めて嫌な顔をした。



 事の起こりは他クラスの女生徒に話し掛けられたところから始まる。
 お昼のお弁当も食べ終わり、海外からの留学生の神楽と他愛もない雑談を交えていた時、その人は来た。
「志村さんってあんた?」
 敬語なんだかそうでないんだかよくわからない呼び掛けで、パチ恵は教室の出入口に立つ自分より少し背の低そうな女の子を見た。
 その人は、あからさまに茶色に染めた髪を丁寧に縦ロールに巻いて肩下まで伸ばしていた。化粧も濃く、まつげはラクダのように長く、バサバサという音でも立ちそうな程だった。学校規定外のカーディガンを羽織り、下着が見えそうなくらい短いスカートを翻し、ずかずかと教室の中に入ってきた。自分とは正反対な感じの子だなァ、とパチ恵は心の中で思った。
「どちら様でしたっけ?」
 いちお初対面ではないだろうということを確認するように席から立ち上がり、パチ恵は彼女を上から下まで眺めた。
「あのさァ、これ銀八の下駄箱に入れといてくんない?」
「はぁ?」
 唐突なお願いに流石のパチ恵も面食らって、なんて億劫なことを頼むんだ、と大儀だという声を上げた。
「なんで私が?自分で入れてきて下さいよ」
「まあまあ。私忙しいからさ。やっといてよ」
 パチ恵は、どうして自分がわざわざ足を運んで、初めて会った人の世話をしなければいけないのか見当もつかない、と言った顔を向けたが、彼女はそんなことは気にしないと満面の笑顔でパチ恵の手に無理矢理封筒を渡した。

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