Short story

□tune the rainbow
2ページ/4ページ

 結局のところ、その心配をする必要がなくなることはなく、別に待っていなくてもいいとはわかっていたが家には帰らなかった。神楽一人だと危ない! なんて普段半分も思っていない理由を自分でこじつける。
 確かに仕事もこないし、夜出歩こうがいっぱしの大人なら勝手にしていい。
 それでも気になってしまうのは、それが銀時だからというのもある。
 頭ではわかっていても、心臓の辺りがチクチク痛くて止まらないのは、誰でもない銀時だから。
 ずっと降っていた雨が止んで、屋根から滴り落ちる雫の音まで聞こえてきそうだ。外はきっと水を含んだ空気に包まれて、冬を一層冷やしているだろう。空がひんやり晴れていることを想像する。部屋の障子の向こうが薄ぼんやりとした水色に見えて、朝が近いことを知った。
 眠れなかった。こうやって帰ってこない日が幾度あったかしれない。しかし今日に限って寝付けなかったのは、神楽のあの言葉がひっかかるせいではない気がするのだ。
 もっと違う、胸騒ぎ。
 一方通行な考え方は止めて、いい加減早く寝よう。そう瞼を閉じた瞬間、ゆっくりと、けれど確かに聞こえた戸をずらす音に、新八の鼓動はどきりとして眠ることを中断させる。
 慌てる訳でも憤怒する訳でもなく、新八は静かに起き上がり玄関に近付く。静かに歩きすぎて床がみしりと鳴った。銀時はやはり酔ってはおらず、その代わり夜中降った雨に衣服を濡らしている。
 おかえりなさい、と一言告げようとする。新八の喉から何時間かぶりの声が洩れる。その第一声を覆い隠すように銀時は新八を抱き締めた。まるで新八がその場にきちんといることを確認するように。強く。何度も手の位置をかえて。求めるように。冷えた銀時の頬が新八の耳に当たって、新八はびくりと肩を震わせた。
 いや、もしかしたら震えていたのは銀時の方だったかもしれない。
 顔を上げて瞳を見れば、変わらない深紅の色がどこか揺れていて。
 動揺…してる?
「…新…八?」
 気付けば新八の目から涙が一粒流れていた。
「あれ?…なんで?」突然のことに新八の口元が緩む。
 確かに感じたのは銀時の心の揺らぎ。その空気、雰囲気に、新八の目から涙が零れたのだ。哀しくもあり、切なくもあり、複雑な、心の中がもやもやする感覚。
 涙はもう片方からも流れた。
 そんな新八を見て何かを察した銀時は、驚き困った表情で新八の頬に伝った雫を親指で拭ってやる。冷たくなった黒髪を何度も撫でた。

次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ