Short story

□switch
2ページ/8ページ

 夜を知らないかぶき町でも、賑わいから少し離れたうらぶれた様の万事屋銀ちゃんに、隠密山崎退は辿り着いていた。遠くから犬の遠吠えが聞こえてくる。
 前回は銀時の怪我を看病するという名目で、万事屋に働く志村新八の実家である恒道館に潜入したが、山崎は散々な目に合わされた。それもこれも自分の上司が新八の姉である志村妙をしつこくストーキングしたおかげである。真選組を纏めている人が何をやっているんだ、とだいぶ呆れたものだ。
 万事屋の1階のスナックお登勢からはがやがやと楽しげな笑い声が聞こえてくる。知らないオヤジの歌い声、酒と酒が交わされたであろうグラスの音。
 誰も出てくる気配はない。山崎は慎重に2階へと繋がる階段をあがった。隣人は静かなものだ。
 のぼりきり右に曲がると玄関。何度も直したことがあるようで、家の壁と色の褪せ方が違うのがわかる。
 その時中から人の声がうっすら聞こえてきた。くぐもって何を喋っているかは皆目見当もつかない。もしかしたら夜な夜なよからぬことを目論んでいるのかもしれない。そう思った山崎は面倒臭いとは思いつつもなんとかして万事屋の屋根によじ登った。玄関から、どうも、とはいかない。
 屋根をゆっくり登っていくと、瓦が数枚ずれる部分を見つけた。何故こんな場所に都合よく隠し通路があるのかはわからなかったが、山崎はその誰かに作られて出来た穴をつかい、中に侵入することに成功した。
 屋根裏はもちろん狭くて暗くて汚い。立ち上がることは皆無なので四つん這いになって進む。
 形から入るがモットーの山崎は、今日も忍び服を着ている。埃が口に入らないように首にまいた真っ黒な布を鼻先まで隠すように上げる。
 その時、灯りが屋根裏に差し込んできた。部屋の中の光が逆に山崎の顔を照らす。
 おかしい! そう思った矢先、目の前で人がこっそり下を覗き込んでいることに気付く。その人は、暗がりでもわかるほどの艶やかな藤色の長い髪に、山崎とは若干スタイルが違うものの同じような忍び服を纏い、屋根裏にへばりついていた。
「…アンタは!」
 山崎はこの間の一件で顔を覚えていたのだ。むしろ忘れるはずがない。自分のところの局長とストーカー談議で張り合える女を、人はそうそう忘れたりはしない。
 当の本人は眼鏡を掛けているも面識がない、という体でこちらを舐めるように見つめてくる。多分眼鏡を掛けてない時に出会ったので覚えていないのだろう。

次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ