短編

□不如帰
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貴方を殺したかった。


きっと理由はそれだけ。










織田信長を裏切って、殺そうとしている家臣。
それも一興。
だが、目の前に居る信長公を見た方がもっと愉しい。背中をぞくぞくと快感が駆け巡る。


私の見る目は間違いなかった。

誰でも馬鹿にしていた"尾張のうつけ"から、誰もが恐れる"第六天魔王"へと覚醒した男。
出会った時はうつけ者だと思ったが、きっとこの人についていったら後々愉しいと思った。

―この人なら、渇きを満たしてくれるかもしれないと。



彼が天下統一するまでは、それなりに楽しめた。


しかし、彼は天下統一してしまった。
当然平和な戦国乱世など、渇きは満たされない。



だから、今、私は最後まで取っておいた楽しみを実行している。



―信長公との命の取り合い。



「飼い犬に手を噛まれている気分はどうですか?」

「…フン…主を噛み殺す気か、光秀」


嗚呼、やはりこの人は愉快なお人だ。

殺されそうになっているというのに、不敵に笑う。



「噛み殺すですか…。上手い表現ですね」

「…狂犬に褒められても嬉しくなどないわ」

「すみませんね。でも、私は貴方と命の取り合いが出来て、愉しいのですよ」

片膝を床に着いて息をする信長公を見るのはとても気持ちがいい。


このまま、時が止まるのも悪くないかもしれない。
否、この素晴らしい瞬間を一生味わいたい。

だが、二度とこの快感を味わうことはない。
それだけが残念です。





「さよなら信長公」

鎌を振り下ろそうとすると、彼は呟いた。

「すまぬな…光秀」

「!」

ピタッと鎌が止まる。
死に際に近いというのに、信長公が謝罪するとは思わなかった。

「な、何を…」

「飼い犬に退屈を与える主なら、殺された方がましぞ」

「……信長公…」

「光秀。最期に余に情けをかけて泣いてくれぬか」


そんなことを言われて殺せるはずがない。
ましてや、泣けるはずがない。

「光秀」

「すみません信長公。私は情けをかけれる程の人間ではありませんので」

「そうか…」


信長公が悲しそうな気がした。
その姿が酷く胸を打った。










そんな隙を狙った信長公が最後の力を振り絞って銃を構えた。


「な!?」

「泣かぬなら、殺してしまえ、不如帰」


彼はやはり不敵にニヤリと笑いながら、引き金を引いた。
バァンと銃声が鳴り響いて、バタンと倒れる私。










「―貴様を残して先に逝くより、余が貴様を供養してから逝った方がいい。うぬは孤独を嫌うからな」


嗚呼、こんなどんでん返しなら前から起こしてもらいたかった。
孤独が人の死を求めていたのは知っていたから。
己の死でその孤独が消えるのならば、それでいい。
―信長公とまたすぐに会えるなら。



「光秀。ゆっくり休め」

「…のぶ……な…が……こ…」


反則です。
死に際には聞きたくなかった優しい声は。
今更貴方が魔王ではなく、普通の人間に見えてしまうじゃあないですか。





"貴方が主で良かった"。

そう思って目を閉じた。













「光秀…」

魔王は家臣を抱き抱えて、自ら火を放った本能寺の奥へと消えていった。
場外れのホトトギスが鳴いた。



END...
洒落入り。好きな人には自分が居ない悲しみを味あわせたくないの。
 

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