HISTORY

□愚者と愚行
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ある日木戸が真面目な顔を拵えて大久保に言った。
「大久保さん、好きです」
「私も好きですよ」
対する大久保は全く表情を変えずさらりと答える。
途端に木戸はうんざりした顔になった。
「何で真剣に答えて下さらないのですか?」
「貴方も真剣に仰ってないではありませんか」
木戸の方を見ようともせず大久保はてきぱきと書類を片していく。
そんな大久保の机に肘を付け、木戸はあぁと言った。
「そうですね、すみません」
つまらなそうな木戸を見て、大久保は煙草に火を点けつつ言う。
「まぁしかし、貴方が本気では無くてもあのような事を言うとは思いませんでしたけど」
「本気も何もないですよ。嘘ですもん」
煙草の煙にけほこほと木戸が咳き込んだ。
「嘘、ですか」
ぴくりと大久保の眉がほんの僅かに動く。
それに気が付かず木戸はえぇ、と言葉を続けた。
「異国では愚者の日という日があるらしいのです。そしてその日には嘘を吐いても良いんですって」
「……ほう」
がたりと大久保は立ち上がり、
「では木戸さん」
「え?」
一言の後木戸は床に押し倒された。
「な、何を……」
「愚者の日は愚者の日らしく愚行に走ろうと思いまして」
能面のような顔で言う大久保に木戸はぎくりとなる。
「大久保さん……怒って、」
「いいえ?」
「怒ってるじゃないですか……っあ……」
木戸は首筋に噛み付かれ小さく悲鳴を上げた。
大久保の手はするりとタイを解き、器用に釦を外していく。
「お、大久保さん「すみません、静かにして頂けますか」
木戸の抗議の声は骨張った手により塞がれた。
顔には全く出さないが静かな怒りがひしひしと感じられる。
舌のぬめりとした感覚を鎖骨に感じ、慌てて木戸は大久保の手を首を振って払い叫んだ。
「ご、誤解です……!」
「……何の事でしょう?」
ぴたりと大久保の手が止まる。
しかし木戸を押さえる手は緩めず、何時でも行為を続行出来るという状況だ。
「あの……確かに愚者の日というのは有るんです……」
「えぇ」
「でも……あの、」
「でも、何ですか?」
大久保は何の抑揚もない声で木戸の言葉を急かす。
木戸は真っ赤になって、
「今日じゃないんです」
と声を搾りだした。
「は?」
「ですから、今日じゃないんです……四月一日なんです、愚者の日は」
驚きで大久保の手の力が緩められ、木戸はそそくさと逃げ出した。
自分に背を向けて釦をとめている木戸に、大久保は声を掛ける。
「では私が好きというのは嘘では無いという事ですね」
「!否……」
慌てて振り返った木戸は大久保がうっすらと微笑んでいるのを見て更に顔を赤くした。
「し……知りません!!」
「おやおや」
タイを掴んで部屋の外に飛び出していった木戸を見て大久保は溜め息を吐く。
「あんな格好で飛び出すなんて、それこそが愚行です」



大久保の予想通り木戸は江藤とばったり会い、どうにも気まずい雰囲気が流れたのだった。












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