HISTORY

□愛別離苦、会者定離
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「伸顕」
孝正の声は珍しく咎めるような響きを帯びていた。
「お前、また人を馬鹿にしたような話し方をしたようだな」
そう言って真っ直ぐな瞳で俺を見る。
「若い頃のお前は生意気ながらもそんな人を蔑んだような事はしなかったじゃないか」
「……良いんだよ」
その視線に耐えられなくて、思わず俺は目を逸らした。
そんな俺を諭すように孝正は言葉を続ける。
「良いわけないだろう。嫌われてしまうぞ?」
「嫌われたって良い」
「伸顕、」
捨て鉢のように聞こえただろう俺の言葉に、孝正は絶句した。
「お前にだけ……好かれてりゃ良いんだ」
言葉に詰まった孝正の頬を撫でる。
初めて会った時とは比べものにならない程大人び、又老けてもいた。
それは勿論、俺も。
「そんな事言って……僕が死んだらどうするつもりだ?」
「俺の方が先に死ぬさ」
孝正とは違って、俺は恨みをかってる。
その内暗殺されるだろう――父のように。
「馬鹿な事言うな……」
「俺は本気だよ」
「じゃあ、」
珍しく孝正はそう声を張り上げた。
俺が少し目を見開くと、孝正は小さく息を吐いて、それは自分を落ち着かせていたようだった。
「僕が先に死にたいって言ったらどうする?」
「……な、」
先に死にたい?
そんな事、孝正は今迄一度も言わなかった。
「僕の実父、実母は僕が幼い頃に亡くなっている。……御存知の通り養父は病死、養母も養父と同じ歳で亡くなった」
「……」
「そんな僕が、これ以上大切な人の死を見たくない、子より先に死にたいと言うのはおかしい事か?」
うっすらと瞳に涙を溜めて孝正は言う。
孝正のそういう顔を俺は見た事が無くて、酷く動揺した。
そしてそれと同時に今迄俺は守られていたのだと分かった。
何時も隣で微笑んでいた孝正。
我が儘な俺はどれだけこの男に助けられていたのだろうか。
「孝正……」
手を伸ばして孝正の涙をぬぐい取る。
「伸顕……僕より先に死ぬなんて悲しい事、言わないでくれ」
「あぁ」
か細く紡ぎ出された言葉に、俺は唯頷いた。



あれから何年経っただろうか。
孝正とした約束はしっかりと守れたのだけれど。
「お前が居ないと、俺も寂しい」
揺り椅子に座りながら呟くと、昔は掛けていなかった眼鏡がずり落ちた。












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