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□幼い頃の逢瀬
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貿易関係の仕事をしている父は滅多に家に帰ってこない。
母もあまり僕に構ってくれない。
僕がこっそり家を抜け出したのはそんな理由――。



「良かった」
僕は思わずそう呟いた。
周りは緑が生い茂っていて、眼前には大きな寺の門がある。
もちろん僕は此処が何処だかは分かってはいない。
初めての一人の冒険に、少しはしゃぎ過ぎたらしい。
僕は山に迷い込み、木々の間を彷徨っていた。
そしてついに人が住んでいそうな所を発見出来て、最初の台詞に戻る。
大声で人を呼ぶのも憚られて、僕は小さく門を叩いた。
どう考えても家に居る人を呼ぶには小さ過ぎる音だったが、予想に反して反応が返ってきた。
「誰か……居るのか?」
僕と同じ位の子供の声。
その声はとても澄んでいて、耳に心地良く馴染んだ。
「道に迷ってしまって」
僕がそう言った瞬間、門がギィ、と音をたてて開いた。
そして、門の間からひょっこりと箒を持った子が現れた。
その子を見て、僕は思わず息を呑んだ。
肩に付く位に切り揃えられた髪は紫色で、さらさらと風に靡いている。
肌は透き通る様に白く、紺色の着物が良く映える。
そして僕の目が釘付けになったのは、その子の見開かれた金色の瞳だった。
「如何に……?」
彼もまた、僕の容貌に困惑している様だった。
喋り方はかなり変わっていて。
「あ、いや……君は此処の寺の子なのかい?」
慌てて当たり障りの無い事を聞いた。
「如何にも。我の名は蛇神尊也」
尊と名乗ったその子はぺこりとお辞儀をした。
さら、と髪がとけ落ちる。
「僕は牛尾御門」
「御門……」
その子は僕の名前を復唱し、こう言った。
「良い名前也」



僕は、その子の家の縁側に座って麦茶を頂いていた。
どうやって此処に来たのか、自分でも分からないのでどうしようもなかったのだ。
冷えた麦茶が渇き切った喉を潤してくれる。
「美味しい……」
僕が思わず呟くと、隣でにこりとその子が笑った。
――あ、可愛い。
さっきから金色の瞳の光に戸惑うばかりだったけれど、その子は笑うととても可愛かった。



「あ……日が暮れてきたね」
と、僕は空を見上げてそう言った。
結局、僕達はずっと他愛無い話ばかりをして時を過ごしていた。
僕の話に静かに蛇神君が相槌を打つ、そういう会話だった。
蛇神君は静かで、只にっこり笑う事も多かったけど僕は其れで充分だった。
短い時間の中で、僕等はとても仲良くなった。
お互い、同年代の子と遊ぶ事があまり無かったのだ。
「我とした事が」
蛇神君がきゅ、と眉根を寄せて言った。
「何がだい?」
「主の家の事を忘れていた」
そう言われて初めて、僕は家をこっそり抜け出してきた事を思い出した。
「我が人通りの多い道まで送ろう。其処から帰れるか?」
「うん、有難う」
人通りの多い道まで行けたら、多分大丈夫だ。
そう思い、僕達は大きな寺の門を潜った。
そこには、蛇神君の箒がまだ置きっ放しになっていた。



「人が……大分多くなってきたな」
と、僕の隣で蛇神君がそう言った。
最初は前に立って案内してくれていたのに、段々と後退してきた所を見ると、蛇神君は人込みが苦手らしい。
「うん、そうだね……」
そう言って僕は蛇神君にばれないように小さく溜息を吐いた。
――離れたく、ないな。
そういう思いが僕の中で溢れ出てきていたのだ。
「御門坊ちゃま!」
「あ……」
執事のニルギリがずっと向こうから駆けてくる。
ずっと僕を探していたのに違いない。
「良かったではないか。主の知り合いであろう?」
「うん……だけど……」
僕は君と離れたくないんだよ、という言葉は言えずに飲み込まれる。
そうこうしているうちにニルギリが僕たちの所まで来た。
ニルギリは蛇神君に軽く会釈をすると、グイ、と僕の腕を引っ張った。
「帰りますぞ、坊ちゃま!」
「あ、蛇神君……!」
僕が引き摺られながら後ろを振り向くと、蛇神君は只寂しそうに笑っていた。



チチチ……と鳥の鳴く声で僕は目が覚めた。
ベッドの上に座り直し、暫し呆然とする。
――何でこんな夢を見たんだろう。九年前の夢なんか――
あれからずっと蛇神君には会っていない。
そう思いながら、真新しい制服に腕を通す。
今日は、十二支高校に入学する日なのだ。
この日に限って蛇神君の夢を見るなんて、何か意味が有るのだろうか。
頭の隅にチラリとそういう考えが浮かんできたが、家を出る頃にはすっかり忘れていた。
今から始まる高校生活に期待と不安を膨らませていたからだ。
だけど、その高校で『蛇神君』に再会するという事は、その時の僕には知る由も無かった。












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