OTHER

□呑船の魚は枝流に游がず
1ページ/1ページ

ザッパーンと波の寄せる音が聞こえる。
周りは家族連れやカップルで犇めき合っていた。
雲一つ無い大空。
砂浜に降り注ぐ日光。(とウルトラヴァイオレット)
そんな中、戯言遣い参上。
「暑い怠い人多い」
とりあえず感想を述べてみる。
うん、まぁ何時も通り。
……海に来てこんな事言ってる奴はそうそう居ないと思うんだけど。
何故出無精の僕が海なんかに来ているかというと。
「何ボーッと突っ立ってんだ、おにーさん?」
匂宮出夢、軽快に僕の肩を叩いて参上。
「出夢君……」
「あん?」
「水着姿、セクシーだね」
「ひゅー、やーらしー」
そう言って出夢君は笑う。
いや、本音なんだけど。
黒いタンキニが良く似合っている。
余計な露出が無いのが良いのかも、と思っちゃったり。
「ところでおにーさん」
「何?」
「何で僕の冗談にノってきたんだよ」
「あー……それはね」
海に来たきっかけ。
それは出夢君が「一緒に海でも行くか?」と言ったから。
……あれ、冗談だったんだ。
「出夢君の水着姿が見たかったから」
これ、理由。
いや、出夢君は心は男の子、身体は女の子。
水着姿になったら如何なるのかな、という興味は湧いて当然の筈。
――当然……だよな?
「はぁ!?ぎゃははははっ、おにーさん変態だったんだ」
「……かき氷奢ってあげるから、大声でそんな事言わないでくれるかな……」
とりあえず餌付けを試みる僕。
「奢り!?……なら苺練乳」
見事に釣られた。
そしてシロップのチョイスが中々可愛い。
僕がかき氷を買ってあげると、出夢君は一心不乱に食べ始めた。
初めて理澄ちゃんと会った時も凄い勢いでがっついていたような。
「やっぱり兄妹だなぁ」
「んー?」
僕の独り言に出夢君が反応する。
「いや、理澄ちゃんと色々似てるなと思ってね」
「ぎゃはははは!似てて当たり前だろーが、身体は一緒なんだから」
――外見の事を言ったんじゃないんだけど。
「よし、かき氷も喰ったし。一泳ぎしてくるか」
ひょいっと立ち上がり、出夢君は海に入っていった。
僕は動くのが面倒で、考え事をする事にした。
…………。
あまりの暑さで頭が働かない。
仕方が無いので海に入るか、と腰を上げようとした瞬間に出夢君の足が視界に入った。
「あれ……早いね?」
そう言いつつ目線を上げると。
上半身裸の、出夢君が居た。
「おにーさん、水着が何時の間にか流されちまったんだけど」
……いや、どれだけ猛スピードで泳いだらそうなるんだよ!
「ちょ……とりあえず隠してくれ!!」
慌てて僕が出夢君にシャツを被せるが、時既に遅し。
「君達、ちょっと来なさい」



その後、僕達は海の家の管理人さんにこってり絞られた。
説教されるのは鈴無さんの御陰で何とか耐えれるが、それよりも出夢君が暴挙に出ないかの方がストレッサーだ。
烏賊焼き三本奢るという条件で「喰わない」約束をしたのだが、出夢君は短気なので何時爆発するか気が気ではなかった。
二時間後、漸く解放された頃には僕はぐったりと疲れていた。
「疲れた……」
「だなー」
もぐもぐと烏賊焼きを頬張りながら出夢君が言う。
「……結局あんまり泳げなかったね」
「おにーさん、泳ぐつもりなんか無かっただろー?」
それでも、怒られるか泳ぐかだったら泳ぐを選択していると思う。
溜息を吐こうと息を吸い込んだ瞬間、出夢君が烏賊焼きを一本僕の口に突っ込んだ。
……大分咽こむ事になった。
「な、何?出夢君」
「俺帰るから。おにーさんとは此処でお別れな」
そう言って出夢君はポイッと烏賊焼きの串を投げ捨てた。
「こらこら、ポイ捨ては犯罪だよ。で……徒歩で帰るつもり?」
「走って帰るんだっつーの」
近所の公園に遊びに来た子供じゃないんだからと突っ込みそうになったが、我慢した。
「そっか……じゃあね出夢君」
「ばーい、おにーさん」
出夢君はそう言うが早いか、あっという間に遠ざかっていった。
結局僕は何をしに来たのか分からないような事になってしまった。
「ま、良いや」
僕は烏賊焼きを一口齧った。
――出夢君の水着姿を見れただけで良しとするか。
ぼんやりそう考えながら僕はべスパに跨った。



帰路に着く途中、ふと気付いた。
「あ、シャツ出夢君に貸したままだ」
それは又今度会う時の口実にしよう。
風を切りながら、そう思った。












[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ