OTHER

□swordsman and killingdoll
1ページ/1ページ

ユーグとトレスは二人で遠方の任に就いていた。
吸血鬼が隠れ住み、住民を襲っているとの事らしい。
見付け次第殲滅せよ、という命だったのだが、探し出す必要は無かった。
二人がその地に着いた途端(虫の知らせというものなのだろうか)、吸血鬼達が一致団結し襲い掛かってきたのだ。
二人は次々と吸血鬼達を倒していくが、何しろ数が多い。
トレスが弾切れを補充するその一瞬の隙を狙って吸血鬼が「加速」の状態に入る。
それを過たず撃ち落としたトレスの背後には又別の吸血鬼が長い鉤爪を振り上げていた。
幾ら超反応を持つ派遣執行官でも避けるには間に合わない。
トレスの瞳に僅かながらに動揺の光が揺れた。

――ビシャッと嫌な音をたてて地面に鮮血が飛び散る。
そしてそれはトレスの皮下循環剤ではなくて。
トレスを庇った左腕を切り裂かれながらも、ユーグはその吸血鬼を右腕の一太刀で叩き切った。
その内にトレスは残りの吸血鬼を仕留め、その体躯に似合わぬ大型の武器をホルスターに収めた。
「戦域確保。――ヴァトー神父、損害評価報告を」
そう言ってトレスはユーグに駆け寄った――。



ユーグの左腕の傷はかなり深いものだった。
出血が酷く、肩から下は既に麻痺している。
義手で受け止めればまだマシだったのだろうが、今更そんな事は言えまい。
その傷を硝子の瞳に映し、トレスは言った。
「卿が俺を庇う必要はなかった」
「何故だ?あのままだったら君は――」
「俺は傷を負ったとしても調整すれば良いだけの話だ。だが、卿はそうはいかない」
トレスの声は何時もの平坦な声だったが、ユーグはその声の裏に微かな苛立ちを感じ取った。
「怒っているのか、ガンスリンガー?」
「否定。俺は機械だ。そのような感情は無い」
トレスの言葉を聞き、ユーグはフと溜め息を吐いた。
――相変わらず頑固だな。
最早口癖となっている機械化歩兵のその言葉は、ユーグ自身も何度も聞いていた。
さっきの様に自身を省みない言動も、トレスはその言葉一つで解決するし、勿論第三者からして見ればそれは正しい判断なのだろう。
ただ、トレスは「機械」と断言出来る程成りきれてないのだ、とユーグは思う。
でなければ「俺を庇う必要は無い」等と言う筈が無い。
それは仲間への気遣いなのではないか?
そう考えてユーグは自嘲した。
客観的に見て、自分はトレスに甘いのだろう。
少なからず好意は抱いている。
怜悧な言葉だけが目立っているが、それこそ殺戮人形に有るまじき程の優しさを持っている彼に。
――しかし……
「――自惚れかな?」
眼前にいる小柄な神父は、結局何を考えているのか分からないのだから。
「ヴァトー神父?」
「いや……君はもう少し自分を大切にした方が良い」
その言葉にトレスは、
「肯定。出来得る限り機体の損傷は避けている」
「いや、俺が言いたかったのは――痛ッ」
トレスが突然左腕を持ち上げ、ユーグは激痛に呻いた。
「動くな、ヴァトー神父」
とトレスは言い、自分の服の袖を破り始めた。
止血をしようというのである。
テキパキと自分の腕に巻かれていく包帯を、ユーグはただ眺める事しか出来なかった。



『左腕の調子はどうですか?』
トレスが連絡し駆け付けたアイアンメイデンの中でユーグが休んでいると、立体映像の垂れ目の尼僧が現れた。
「あぁ、応急処置のおかげで大分マシだ」
『そうですか』
そう言って立体映像の中の尼僧はフと笑った。
それを見てユーグは怪訝そうに眉を顰める。
「何かおかしい事があったか?」
「いえ……ただ神父トレスが」
「神父トレスが?」
突然思ってもみない名前が耳に入り、思わず聞き返すユーグ。
「神父トレスが、貴方の左腕の傷は自分の所為だと言っていたので……。珍しいとは思いませんこと?」
一瞬ユーグは息が止まった様な感覚に陥った。
――あの彼が、そんな事を?
「そ……うか」
「えぇ……どうかしましたか?」
「いや……少し彼に会ってくる!」
言うなり駆け出したユーグを見て、ケイトはただ驚いた様に目を丸くしていた。



ユーグは小柄な後姿を求めてウロウロとしていた。
が、不意に背後から声をかけられる。
「ヴァトー神父」
「ぅおっ……!?」
余程動揺したのか、妙な声を上げながらユーグは慌てて振り返った。
勿論、平坦な声の持ち主は先程からユーグが探していた人物で。
「左腕を動かすなと言ったのを忘れたか。卿は――」
トレスの言葉が途中で途切れたのは、ユーグがトレスの小さな身体を抱き締めたからで。
「行動主旨が不明だ、ヴァトー神父。解答の入力を要求する」
ユーグの包帯を巻いた左腕をその硝子の瞳に映し、トレスは言う。
「もう……大丈夫なんだ」
「否定。俺の判断では――」
「君の応急処置が効いたんだろう」
ユーグの言葉を聞き、トレスは何か言おうとしたがそのまま口を噤んだ。
その行動は、機械化歩兵にとっては非常に稀な事で。
抱き締められたまま微動だにしないトレスの瞳はチカチカと赤く明滅していた。
「有難う、神父トレス」
「……」
口元に微笑みを湛えた金髪の神父を見上げたトレスは一言、
「卿の行動は意味不明だ」
とだけ答えた。












[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ