OTHER

□Immanuel
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若しもこの機械化歩兵に表情が有ったなら、きっと途方に暮れた顔をしていただろう。
――先程から発生しているバグが改善されない。
自己修復システムでは直らなかった。
せめてもと考えたのかは分からないが、トレスは原因をサーチし続けていたが、それすらも見付からなかった。
これ以上は時間の無駄だと結論付けたトレスは、他愛のない話をしている同僚達から離れ部屋を出る。
「神父トレス」
部屋を出て数十秒後、トレスの小柄な後姿に声が掛けられた。
「ヴァトー神父」
話し掛けてきたのは先程まで同僚達と話していた金髪の神父で。
「突然出て行って、どうしたんだ?」
「バグが発生した。自己修復システムでは改善されなかったので、教授にメンテナンスを要請しに行く」
そう言うトレスの硝子の瞳は未だにチカチカと明滅している。
「バグ?」
機械化歩兵の身に起こった珍事に、ユーグはその美しい眉を顰めた。
「どうしてそんな事が起こるんだ?」
「解答不能。今の段階で言えるのは、バグが起こったのは卿らが話しているのを見てからだという事だけだ」
トレスのその言葉に、ユーグは驚いた様に言った。
「俺達の話?」
ユーグ達の話は仕事の話でも何でも無かったので、近くに立っていたとはいえトレスは聞いていないと思っていた。
「否定。俺は卿らの話は聞いていない」
些か矛盾とも取れるトレスの言葉に、ユーグは更に困惑する。
同僚の困惑を知ってか知らずか、トレスはそのまま言葉を繋げた。
「語弊が有ったならば言い換える。ナイトロード神父らと話している卿を見て、バグが発生した」
「――何だって?」
今度こそユーグは唖然とした。
当の本人はその整った顔を少しも動かさずユーグの次の言葉を待っている。
「それは……アベル達と話していた俺がバグの原因という訳か?」
「解答不能。不確定要素が多すぎる。――ヴァトー神父、心当たりがあるなら報告を」
何か言いたげなユーグの顔を見て、トレスはそう言った。
その言葉に促されるようにユーグは口を開く。
「俺が思うに……それはバグじゃないと思うんだ」
「否定。卿を見ていると不要な演算が行われ、機体の発熱が問題に――」
「あァ、だからそれは」
ふわりと世の女性達が見たら失神するような笑顔をトレスに向け、ユーグは言った。
「嫉妬って言うんじゃないか?」
――刹那、ほんの僅かにトレスの瞳が揺れた。
「……否定」
機械化歩兵にしては遅過ぎる程の間を置いて、ただ一言そう返す。
「そうか?そうだったら良いと思ったんだが」
あまりにも適当な美貌の神父の言葉に、トレスは律儀に答える。
「発言趣旨が不明だ、ヴァトー神父。再入力を要求する」
「それは嫉妬という言葉の意味が分からない、という事か?」
「否定。嫉妬という言葉のデータは有る。ただ、俺にはその様な感情は無い」
「だが、君の症状はそんな感じだ。まぁ、一度師匠に見てもらったら良いんじゃないか?」
そうしようとしていたのにそっちが止めたのではないか――と、トレスが機械化歩兵でなければ文句の一つ位言っていたのかも知れない。
兎に角何時ものように「肯定」と答え、金髪の神父の前から離れた。



トレスが教授に「特に問題は無いよ」とにこやかに言われ、更に困惑していた姿をユーグが微笑ましく眺めていた……のかは、神のみぞ知る。












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