HISTORY

□愛憎
1ページ/1ページ

「貴方なんか、嫌いです」
自分の眼前に居る男は、はっきりとそう言った。
「存じ上げております」
唯一言、そう返答すると、男は苦しそうに顔を歪めて私の顔を睨み付けた。
――貴方に睨まれても、何も恐くは無いのですよ。
心の中でそう呟くが、声には出さない。
代わりに長い睫毛に縁取られ、私に憎悪の念を込めて投げかけてくる瞳を真っ直ぐに見詰め返す。
直ぐにその瞳は耐えられないという風に下を向いた。
「もう、もう嫌です。こんな、」
絞り出された声は途切れ、男は嗚呼、と少し呻いた。
「――こんな関係は、お嫌ですか」
男の言葉を疑問系に変えて投げかける。
男はこくりと頷き、私を見上げた。
「嫌で嫌で、仕方が無いのです」
縋る様な目で、私を見る。
「それは、残念です」
私はそう言って男に歩み寄った。
ひくりと身を震わせた男の唇に、親指をそっと押し当てる。
「――嫌、嫌です」
そろりと後退りをする男のタイを掴んでそれを振り解いた。
小さくあ、と声を上げた男を近くにあったソファに沈める。
男の腕は一度私をグイと押し返したが、その後くたりと力無く倒れた。
私は丁寧に一つずつボタンを外していく。
男は観念した様に目を閉じた。
その白い首筋に唇を押し当てると、
「大久保さん」
泣いているかのような男の声がぽつりと聞こえて、その後細い腕が私の背中に絡み付いた。



ぐったりと気を失っている男の顔を、私はさらりと撫でた。
頬が涙で濡れている。
「泣く程辛かったのですか?」
返事が返ってこないと知りながら、話し掛ける。
「実を言いますと、私も貴方の事が嫌いなんです」
これは大嫌いな貴方の嫌がる事だから。
貴方の嫌がっている顔が私はこの上なく好きなのだ。
そして、嫌だと言いながらも決して止めようとは言い出さない貴方はもう、
「逃げられないのですよ、木戸さん」
男の睫毛がピクリと動いた。












[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ