HISTORY

□月に吠える
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「私達の本当に欲しいものは、生涯手に入らないのでしょうね」
まるで独り言の様な、既に自己完結してしまっている大久保の言葉に、ソファに座っていた木戸は不思議そうにゆっくりと首を傾げた。
「貴方にそんな欲しいものなんてあるんですか。大久保内務卿」
内務卿と態々言う所に僅かな皮肉を感じながら、
「えぇ」
大久保は短く答え、貴方もそう思いませんかと言いながら木戸の正面に座る。
「……思いますよ。でも、もう自分ではどうしようもないんだと諦めています」
遠くを見るようなぼんやりとした瞳で木戸はそう言った。
大久保は木戸のそういう目が嫌いだった。
大切にしていた小鳥が、ある日籠から居なくなってしまったような。
そんな感覚を感じさせる目だった。
「口で言うのは容易い事です。でも貴方はそこまで割り切れてはいない」
そして私も、という言葉を飲み込み、大久保は言った。
「諦め切れていないと仰るのですか」
「少なくとも、死者が只の骸だとは貴方は考えていないでしょう?」
遠回しで、けれど確かに核心に触れた台詞に、木戸はびくりと反応した。
「……どういう意味で仰られているんですか?」
「そのままの意味です。違いますか?」
「……」
俯いて黙ってしまった木戸を大久保は唯見つめた。
暫らくの沈黙の後木戸は顔を上げ、
「私を責めているのですか」
縋るような目で大久保を見る。
「晋作の影を今でも追い続けている私を、軽蔑されているのですか」
その声は震えていたが、大久保はあえて冷たく言い放った。
「だったら、どうなのです」
「……」
「木戸さん?」
また俯いて黙った木戸に大久保は覗き込むように話し掛ける。
が、木戸の目は大久保の予想に反して確りとしていた。
「私……私は、忘れるつもりなど有りません」
――例え貴方に嫌われたとしても。
その強い意志の光を帯びた瞳に、大久保は息を呑んだ。
――あぁ、この目は初めて会った時の様だ。
木戸孝允が未だ桂小五郎だった頃。
「やはり……生涯かけても手に入れようが無いですね」
自嘲気味に笑うと、木戸も同じ様に笑った。
「ええ。私もです」



だから自分達はこれからもその苦しい隙間を埋めようと必死で藻掻くのだと、大久保は知っていた。











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