HISTORY

□Dead men tell no tales.
1ページ/2ページ

――桂さん、俺はね。
耳のずっと奥の方、懐かしい名で呼ばれた。
――アンタに薩摩と同盟を結べと言ったが、
酷く懐かしく、愛しい声が残酷な言葉を告げる。
――俺は、俺は絶対に……。



「木戸さん」
「――え、」
突然声を掛けられ我に返る。
「随分茫然とされていましたが?」
その声は、勿論先程耳の奥で響いていたものとは違う。
声の主はもうこの世には居ないのだから。
「大久保さん……」
見上げると、何時もと変わらぬ見慣れた仮面のような顔。
「何を考えていらっしゃったのですか?」
些細な質問が、尋問のような響きを帯びて私の耳に突き刺さる。
「昔の事です」
「……昔」
私の言葉に大久保はぴくりと眉を動かせた。
「良くない傾向ですね、それは」
「何故です?」
尋ねると、
「貴方は前を見るべきだ。後ろを振り返っている暇は無いですよ」
想像と寸分違わぬ答えが返ってくる。
私がそうですねと笑うと大久保は私の髪を一束掴み、くるりと弄った。
「……それに、」
「それに?」
大久保は薄く笑い、
「私と二人で居る時に、他の男の事を考えてもらっては困る」
「ぇ……」
――図星。
分かっているなら最初から聞かなければ良いのに、しかしそういうところが大久保らしい。
「……すみません」
私がそう謝ると、大久保は少し驚いたようだ。
「やけに素直ですね」
「素直はお嫌ですか?」
「――まさか」
低めの声が愉しそうに私の鼓膜を揺さ振り、私はその感覚にとろりと目を閉じる。
そしてまるで獲物に喰らい付くような唇を受け入れた。
ぼおっとする頭の隅で思う。
――なぁ、お前はこんな私を軽蔑するかな?
私とこの男の関係を知ったら。
薩摩の事は死んでも許さないと、そう言ったお前は。
――晋作。











次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ