HISTORY

□煙草
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ある日木戸が書類を持って大久保の部屋に入ると、中は煙草の煙で充満していた。
「大久保さん」
こほん、とわざとらしく咳払いをして、木戸は部屋の主の顔を見る。
「何でしょうか」
滅多に視線を合わせようとはしない木戸の、その珍しい行為に大久保は少し眉を上げた。
木戸は腰に手を当てて咎める様に言う。
「吸い過ぎですよ。少し御控えになったらどうです」
「……あぁ」
大久保はちらりと自分の煙草の吸い殻を眺めた。
灰皿には吸い殻が溢れるように捨ててある。
しかしそれは何時もの光景だった。
「大丈夫ですよ」
「駄目です」
ぴしゃりと言って、木戸は大久保の銜えていた煙草を取り上げた。
「病に罹りますよ」
「ほう」
木戸の小姑というよりは母親のような行為に、大久保は溜め息を吐いた。
「つまりですね貴方、私の体を気遣って下さるというわけですか」
「……っ否……」
はっきりそう言われ、木戸は面白い程に動揺した。
くるくると目が泳ぐ。
「何が違いますか」
「私は只……貴方が仕事を休まれると皆が困ると思って……」
「それは貴方も同じです。くれぐれも仮病などを使わぬよう」
大久保が釘を刺し、俯き加減だった木戸が憤然と顔を上げた。
「私が何時仮病を使ったと?」
「よく使っているではないですか」
「あれは本当に体調が悪いのです」
「ならば」
がたり、と大久保は立ち上がり、
「体に気を遣うべきは貴方でしょう」
そう言って木戸の手から煙草を取り返した。
それを又銜え直す姿を見て木戸は呆れたように肩を落とす。
「もう良いです。貴方なんか病に罹ってしまえば良い」
投げ遣りな木戸の言葉を半ば遮るように、
「木戸さん」
何の抑揚も付けずに大久保がそう言って、木戸は思わず身構えた。
「……何ですか?」
「有難う御座います」
「はっ?」
耳を疑う発言に聞き返す。
「心配して頂けて嬉しいと言っているのです」
全く嬉しくない、というような無表情で大久保が言うので、木戸は思わずくすりと笑った。
「だから、心配なんかしてませんが……。お気持ちは受け取っておきます」
大久保は素直でない、という風に肩を竦めたが、又煙草を取り上げられてはかなわないので黙っておく事にした。











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