裏短編

□姫始め
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年が明け、今年も彩乃の家には騒がしい正月がやってきた。
彩乃の父はしがないサラリーマンだが、親戚内では本家という立場にあり正月には親戚中が集まる。
父方の叔母叔父に従兄弟たちが集まり、飲んで騒いでの宴会が毎年繰り広げられるのだ。
幸い親戚内の関係は良好であり、人間関係でギスギスするということはない。
しかしそれは裏を返せば気兼ねしないということであり、バカ騒ぎに発展するのだ。
正直高校生の彩乃にとってお酒を飲んで騒ぐという感覚はわからず、いつもポツンとお節をつまんで眺めている状態である。
彩乃は遅くに生まれた子供ということで、従兄弟たちとは皆年が離れていて会話についていけない。
そして従兄弟たちも彩乃をどう扱っていいかわからず、当たり障りのない会話を交わすだけだった。

「彩乃ちゃん、あけましておめでとう。今年もよろしくね」

そうしていると、一人の従兄弟が話しかけてきた。
彩乃と一番年が近く、昔から可愛がってくれていた将だった。
将は去年二十歳になったばかりの大学生で、あまり年が離れていないこともあって仲がいい。
話も合い、ドラマや趣味のことでも盛り上がることがある頼りがいのあるお兄ちゃんだった。

「まさにい。あけましておめでとうございます、こちらこそよろしくお願いします」

彩乃がそう返事をすると、将はニカっと爽やかな笑みを返してきた。

「そんな堅苦しい返事はなし。昔から遊んでた中じゃないか」
「えへへ。お正月だからちゃんとしないとダメかなって思って」
「そんなこと気にしなくていいのに。でも、去年の正月からたった一年しか経ってないのに、随分大人らしくなったね」
「だってもう高校生だよ? 今年の4月には高2になるんだからちょっとは成長しますうー」
「ごめんごめん、そうだったね。うん、とっても綺麗になったよ」

彩乃はその言葉に思わず赤面した。
将は容姿もよく人当たりもいい好青年で、女子からの人気も高いと聞く。
しかも、実は幼稚園の頃は『まさるおにいちゃんのおよめさんになる』と言い張っていた彩乃だ。
そんな憧れのお兄ちゃんに少しでも認めてもらえたことが嬉しかった。
当然、将にとっては彩乃はあくまでも可愛いが従姉妹であることはわかっている。
彩乃の将への感情もあくまでお兄ちゃんというもので、幼稚園の頃のようにお嫁さんなどという妄想は抱いていない。
それに今の彩乃にはちゃんと彼氏もいる。
憧れと恋愛感情は別のものなのだ。
そんな彩乃に、将は飲み物が入ったグラスを渡してきた。

「彩乃ちゃん、お節ばっかり食べてないでこれ飲んでみなよ」
「え…。それってお酒じゃない? 私まだ未成年だよ?」
「だからちょっとだけ。せっかくお正月なんだからさ」
「でも…」
「警察官がいるわけじゃないんだから気にしない気にしない」
「うーん。わかった、じゃあちょっとだけ」

確かに彩乃も興味がある。
大人たちが美味しそうに飲んでいることを不思議に思っていたのだ。
そして、お酒を飲むということは少し大人になったようで好奇心を刺激される。
彩乃は将が渡してきたグラスに口を付け、ペロリと舐めてみた。

「あ、意外と美味しい」
「梅酒だからね。果実酒だから飲みやすいでしょ?」
「うん。これなら飲める。美味しいね」

彩乃は最初は少しずつと注意していたが、その飲みやすさについごくごくと飲み進めてしまう。
小さなグラスの中身はすぐになくなるが、将がおかわりをついでくれるので止まらなかった。
すると次第に頭の中がふわふわしてきて、なんだかとても楽しく大胆な気持ちになってくる。

「まさにいは、なにのんでるのー?」
「これ? これは日本酒だね」
「私ものむー」
「ちょっと、これはまだ早いよ」
「のむったらのむの! ちょうだい!」

彩乃は将のグラスを取り上げると、一気に飲み干した。
途端口の中に日本酒特有の酒精が広がり、一気に酔いが回る。

「ううー。にがいー」
「ほら、だから早いって言ったのに。彩乃ちゃん酔ってるでしょ」
「よってないよー」
「酔ってる人はみんなそう言うんだよ。ほら、お水飲んで」
「ええー」

彩乃は将が持ってきた水を渋々飲むが、まだ酔いは収まらない。
日本酒まで飲んでしまったせいで先程よりもずっと頭の中はふわふわしていて、身体も左右にぐらつき始めた。

「あちゃあ。完全に酔っ払っちゃったね。おばさん、彩乃ちゃんを部屋へ送ってきてもいいですか?」
「あら、酔っちゃたの?」
「すみません、俺が飲ませちゃったので」
「いいのいいの。気にしないで」
「酔いが覚めるまでしばらくついていようと思います。気分が悪くなるかもしれないので」
「じゃあお願いしようかしら。ごめんなさいね」
「いえ、俺のせいなんで。それじゃあ行ってきます。彩乃ちゃん、歩ける?」
「あるけるよー」

将は彩乃の母親の了承を取ると、彩乃を支え歩き出す。
しかし彩乃の歩きは千鳥足で、将に支えられてもフラフラと左右に揺れおぼつかない。
そんな彩乃に将は苦笑を浮かべると、彩乃の背と膝裏に手を回し抱き上げた。

「わー。おひめさまだっこだー。はじめてー」
「そうなの? 彼氏とかいないのかな?」
「いるけどー、やってくれたことないよー」
「うーん。俺は彼女がいたらやってあげたいんだけどなあ」
「まさにい、かのじょいないの?」
「うん、残念ながらね」
「えー、うそだー。まさにいかっこいいのにー」
「あはは。そんなこと言ってくれるのは彩乃ちゃんくらいだよ」

将はそんなことを言いながら、彩乃の部屋がある離れへと歩いていった。
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