頑張り屋な彼女と紳士の皮を被った狼

□彼女と紳士な狼の始まり
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「市川、頼む!」

終業間近の午後5時、同期の鈴木が言ってきた。
両手を拝むように合わせて、頭を下げる角度は45度。

「これ、明日取引先に提出しないといけないんだけど、俺これから接待なんだよ。
 頼む! やってくれねえ……?」

ちらりと、やつが持ってきた資料を見ると過去のデータやらの数字が載っている。
ようは、取引先への説明資料を作れということらしい。

「……これ、何時間くらいかかりそうなの?」
「え、えっと、お前ならきっと3時間くらいで……」
「……いつから必要なのわかってたの?」
「一昨日の時点ではわかってました……」
「……」
「いや、ほら、昨日今日のうちに空いた時間でできるかな〜って思ってたんだけどさ、
 いろいろ忙しくて時間取れなくて。あははははー、なんて……」

鈴木は空笑を浮かべる。
それを聞いて、私は大きく大きーく息を吸った。

「わかってたなら、なんでもっと早く持ってこないのーーー!!!」

「ひー! す、すみません!!」
「あんた、今何時だと思ってるの! 残業決定じゃない!
 だいたい、いつもあんたはぎりぎりまで仕事ためすぎなのよ。いつも言ってるでしょうが!」
「ご、ごめん。反省してます! だから頼む〜〜、同期のよしみでなんとか!」

こいつはいつもこうである。
ぎりぎりになって私に頼みこんでくるのだ。
営業の手伝いや資料作りは営業事務である私の仕事だが、それにしたって範疇を超えてるだろうが!

「な、頼む。お前しか頼れねえんだよ。ほら、お前仕事速いし。」

鈴木の弱り切った顔を見て、私はため息をついた。
こうなったらいつものこと。何とかするしかない。

「――必要な資料全部かき集めてきて」
「やってくれるのか!?」
「やるしかないでしょうが! 資料全部よ! 一つでも漏れてたらできないからね!」

私は大声で怒鳴り返した。

「助かります、市川様! すぐにお持ちしますーー!」

そう言って、鈴木は自席へすっ飛んで行った。
周りの同僚からは同情の視線が注がれる。

思わずため息が出るが、この部署では恒例イベントである。
鈴木の馬鹿の尻拭い。
あのお調子者は営業成績はそこそこいいのだが、いつも詰めが甘い。
ぶっちゃけ、何度言っても変わらないので、その帳尻合わせが私に降りかかってくるのである。

あー、このやろう。今度飲み代奢らせてやる!
私はそう心に誓って、資料読みに取り掛かり始めた。
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