お嬢様と執事

□第一章
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あれは、まだお母さんのお葬式が終わって間もない頃。
お母さんは元々身体の弱い人で、私を産んだせいでますます身体を悪くして。
私が5つの時に亡くなった。

お父さんはある商社の社長だったので、お葬式はすごく大きなものになって、
おかげでお父さんもすごく慌ただしくしていた。
5つの子供が何か手伝えるわけもなく、私はみんなが忙しそうにしてるのをただ見ているだけ。
式の時も遺族席にぽつんと座ってるだけだった。

その時は一つの涙も流さなかった。
えらいねって他の人が言ってくれたけど、別にえらかったわけじゃない。
ただ単に、まだ実感がなかっただけだ。お母さんがいなくなったっていうのがわからなかっただけ……。


お葬式が終わった後も家はまだ慌ただしかった。
そんな中にいるのがなんか申し訳なくって、私はよく近所の公園に行っていた。
そこは少しの遊具があるだけの小さな公園で。
私は公園の端の方にあるベンチの一つに、毎日ポツンと座っていた。

その公園にはよく近所の親子ずれが遊びにきていた。
小さな子供がお母さんの手を引っ張って、遊具の方へ走っていく。
なんで、そこに私のお母さんがいないんだろうって不思議に思ってた。
私だってもっと小さい頃、お母さんと一緒に遊びに来たのに。
なのに、今はお母さんがいない……。 なんでいないんだろう……。

「――何してるの?」
そんな時声をかけられた。
上を見上げると、私よりずっと年上の男の子が立っていた。
なんでそんなこと訊かれるのか、よくわからなくて、ぼーっと見つめていたら、
その男の子は私の隣に座って、顔を覗き込んできた。

「いつも、ここにいるよね? ねえ、何してるの?」
再度訊いてきた。
「……おかあさんをまってるの」
「お母さん? 来ないの?」
「うん。おかあさんはしんじゃったからこないんだって…」
 男の子は、ちょっと悲しそうな顔をした。
「そっか、一人じゃ寂しいでしょ。僕が一緒にいてあげるよ」
「いっしょ?」
「うん」
「ずっといっしょ?」
「うん、君が帰りたくなるまで一緒にいてあげる」
「でも、おかあさんいっしょっていったのにいなくなっちゃった……」
「大丈夫。僕はいなくならないよ。君と一緒にいるよ」
「ほんとう?」
「本当だよ」

そう言うと、私の頭を優しく撫でてくれた。
その手と声と表情がすごく優しくて。
私の目からはいつの間にか涙が流れていた。
お母さんが目の前で息を引き取るときも、お葬式でも泣かなかったのに。
なぜかその時は涙が止まらなかった。
そんな私を男の子は抱きしめて、ずっと頭を撫でていてくれていた。
「大丈夫だよ、大丈夫だよ」って繰り返しながら。


私がやっと泣きやんだ頃には日は傾いていた。
男の子はハンカチで私の涙の跡を拭ってくれて、私の手を握ると、
「帰ろうか」と言った。
「うん」
私は思いっきり泣いたからか、笑顔で頷いた。

帰り道、男の子がぽつんと言った。
「これからは君が泣きたくなったら僕が傍にいてあげるからね」
「ほんとう?」
「うん。これからは僕が君を守るよ」
「ずっと?」
「うん。ずっとだよ。だから約束だよ。僕以外の男の前で泣いちゃダメだからね」
「うん。わかった! はるか泣かないよ!」
それを聞いて私は嬉しくなって、繋いでいた手をさらにギュッと握り返した。
 

その時前方からお父さんの姿が見えた。
「春香ーー!」
「おとうさんーー!」
 私はお父さんの方へ駆けていった。
お父さんは、私を慌てて抱きしめる。
「こんな時間まで、どこに行っていたんだ! 心配したんだぞ」
「ごめんなさい。あのね、男の子が一緒にいてくれてたの」
「男の子?」
「うん。ほら」
そう言って私が振り返ると、そこにはもう男の子の姿はなかった。
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